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口腔を満たす質量にようやく慣れた頃、もう良いよと男は言い、少年の口からそれを引き抜いた。泡になった唾液が少年の唇から零れ、畳に染みを作る。
男はやおら立ち上がり、少年の手を引く。半ば引き摺られるような格好で男に付き従うと、垢で汚れた布団の上に寝かされた。
添い寝するように男が隣に寝転がると、すぐに白い指が下肢へ伸び、少年自身に絡みつく。既に力無く項垂れていたそこは、それでも敏感なままで、男の手に擦り立てられ弄ばれるうちに体の芯は熱い疼きに満たされてゆく。
「もうこんなにして、堪え性の無い子だね」
ほら、と、先端を押しつぶすように弄っていた指を持ち上げると、粘っこい透明な液体がつぅと糸を引いた。
違うと言いたくて、しかし口を開けばあられもない嬌声をあげてしまいそうで、少年はただ歯を食いしばり、激しく首を振って耐える。
「強情だね……さて、何時まで持つかな」
咽喉の奥で笑って、男は少年の側を離れ、枕元に置かれた乱れ箱の中を漁り始める。
呼吸を整えながら目だけでその動きを追っていると、やがて男は手のひらにすっぽり納まる程の、丸い朱塗りの容れ物を取り出した。
再び少年の隣に寝そべり、椿が描かれた蓋を開く。中には黄白色の軟膏が隙間無く詰められていた。
「あんまり使ってないけど……まぁ、大丈夫だろ」
「……?」
少年には未だ、男の意図が解らない。
男は指先に軟膏を掬い取り、再び少年の下肢に触れる。その指が屹立したものを通り過ぎ更に奥へ伸びた時、少年は男が何をしようとしているのかに思い至った。
「や……っ、う」
体を起こそうと着いた手は、あっけなく掬い取られた。
ひたりとあてがわれた冷たい感触に、思わず呼吸が止まる。
「力抜かないと、痛いよ」
「ぃ、ひぁ……ぁあっ!」
撫でる様に蠢いていた指が、沈む。
今まで体感した事の無い感触から逃れようと、反射的に腰を浮かせる。が、その動きは寧ろ、男の指を更に奥へと押し込んでいく。
「そんなに善がって、アンタ、本当は好きなんじゃないの?」
「……ち、違っ……はぁ…ッ」
体内で蠢く形容しがたい感触に、言葉を紡ぐ事さえおぼつかない。
善がって、と男は言ったが、この感覚は快感からは程遠い。痛みと息苦しさに、早く抜いて欲しいとそればかりが頭を廻る。
「ぅあ……ゆ、指……抜ぃ…ぁ、あ」
「大丈夫だよ、じきに好くなる」
男が言い終わらない内に、痺れるような快感がじわりと滲んだ。跳ね上がった少年の足をもう片方の手が掴み、痙攣するように震える足先を舌で丹念に舐っていく。
「……ふたつ」
男は呪詛めいた口調で呟いて、指の数を増やす。
指の腹で特に過敏な粘膜を擦り立てられて、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音と共に、少年の悲鳴とも嬌声ともつかない声が室内に響いた。
「なんだ、可愛い声で啼けるんじゃないか……ほら、みっつ」
「あぁ、ァ……はぁっ!ぁ、ぅあ…っん」
三本の指は不規則な動きで、締め付けるそこを押し広げ解していく。
少年は既に声を耐えることも忘れ、ただ与えられる刺激に身を捩り、布団に爪を立て、その度に張り詰めた彼自身が雫を垂らす。
その様子に男は満足そうに目を眇め、ゆっくりと指を引き抜いた。
「ひっ……ぁ…ぇ……?」
唐突に中から退いた熱の塊に、憔悴しきった様子の少年は不審げな視線を向ける。だが、すぐに男のしようとしている事を理解した。
一瞬、嫌悪感が頭を擡げるが、それを意識してねじ伏せる。今さら正気に戻っても、待ち受けるのは苦痛だけだ。それならば、快感に頭を蕩かしたまま男を受け入れてしまえばいい。霞む頭で、そんな事を思う。
足を高く持ち上げられ、男の体が覆いかぶさる。触れた肌は、汗でひやりと冷たくなっていた。
「そのまま、力抜いてるんだよ」
その声に僅かな気遣いを見た気がして、少年はそれに縋るように男の体に腕を回す。
男は少し驚いたように目を見開いて、すぐに表情を崩した。何かを呟いたようにも思えたが、その声は少年の耳まで届かない。
だが、聞き漏らした言葉を問う暇は無かった。
「――――ッ…」
「くぅ…っ」
中心を刺し貫かれる。今までの行為とは比べ物にならない圧迫感に、声を上げることもできず上体を戦慄かせる。
苦痛の声を上げたのは男の方で、きつく締め付ける内壁に思うように腰を動かせないのか、もどかしそうに舌を鳴らした。
「……ッたく、手の掛かる奴だね。力抜けって言ってんだろ」
掠れた声に、着物がずり落ち露わになった男の肩に爪を立てながら、少年は嫌々をするように首を振る。力を抜きたくとも、体が勝手に強張って猛る物を締め上げてしまう。
男は呆れたように溜息を吐き、少年の背に手を差し込み、体を梃子のようにして抱き上げた。その拍子に体が深く沈み、少年は小さく叫び声を上げる。己の重みと、軟膏の滑りも手伝って、少年の体は少しずつ男を飲み込んでいく。
「あぁ……あ…あ……」
内側を強引に割り広げられ、唇の隙間からは熱を含んだ喘ぎが漏れる。
荒い呼吸に大きくたわむ胸板へ、男は噛み付くような口付けを何度も落とす。少年の滑らかな肌に、赤い花弁が散った。
少年がすっかり自身を飲み込んだのを見計らって、男は律動を開始する。
「ふ、ぃ…あ、はぁッ!」
「……はっ、随分声が出るようになったねェ……」
男の意地悪い言葉にも、返るのは意味を成さない音の羅列。
与えられる熱に身を蕩かし肢体を躍らせる少年を、更に追い詰めようと激しく下から突き上げ、敏感な部分を意識して擦り付ける。素直に吐き出される鮮やかな嬌声に、男の腹の底がずくりと疼いた。
「……ッ、頃合か、もう……」
呟く声からは、先刻までの余裕は消えていた。
少年の体を抱き直し、殊更激しく突き動かす。
性急な動きに痛みを感じて、苦痛の声を上げる少年のそれに指を絡ませ、促すように強く扱せば、力が入った体は再び快感に溶ける。
「は、やくぅ……」
吐息に混じった、甘える声。正気を失った少年は、己が何を言ったのかも解らないだろう。
聞き返すまでも無く、「早く」どうして欲しいのか―――男は解っている。彼もまた、限界まで高まった欲に耐えていた。
そして、張り詰めた欲情の糸をふつりと断ち切るように、唐突な終わりが来る。
「あっ、あっ……はぁあっ!」
「………っふ、く…!」
大きく体を震わせ、少年が男の上に精を吐き出す。それに続いて、男も繋がったまま奥へ放った。
互いの耳に、どちらの物ともつかない荒い呼吸だけが響く。
そして、己の内に広がる生温い感触の正体について深く考えることも出来ないまま、少年の意識は白い靄に溶けた。