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少年を半ば強引に部屋に上げた男は、火鉢で湯気を上げる鉄瓶から縁の欠けた湯呑に茶を注ぎ、無精して悪いけどと断りを入れて、手の中のそれを少年に差し出した。
「ここには盆なんてないもんでね、熱いから気をつけな」
「ありがとうございます」
受け取ろうと手を伸ばした瞬間、男の手から茶碗が滑り落ちた。
跳ね退いたが間に合わず、熱い飛沫が袴の腰辺りにかかる。
「熱ッ!」
「ああ、ご免よゥ、大丈夫かい?」
「あ、はい」
湯のかかった辺りを袂でぱたぱたと叩いてみる。
そんな事をしたところで染みが落ちる訳でもないが、熱さはすぐ引いて、水に濡れた太腿は不快ではあっても、痛みは感じない。
「何してんだい、早く脱ぎな。火傷しちまうよ」
「いや、平気ですよ。このくらい」
「そんなの、わからないじゃないか」
妙に少年をせきたてる男は、仕舞いには殆ど剥ぎ取るようにして少年の袴を脱がせた。
少年はよくよく脚を見てみるが、微かに赤い痕が残るだけで、火傷と言う程酷くはない。
「ほら、大丈夫」
隣に立つ男を見上げて、少年が言う。
しかし、男は少年の袴を抱えたまま動こうとしない。
「……あの?」
焦れた少年が再び声を上げる。
男はふっと微笑んで、それも脱ぎなよ、と少年の脚を指差した。
「それって……下穿き、ですか」
「火傷してたらいけないだろゥ?」
「いや、だから」
「見ないとわからないって言ってンだ」
先刻までとは違う、低く、冷ややかな男の声。
男の様子に背筋がそそけ立つものを感じながら、少年はそろそろと下穿きを脱ぐ。
前を隠すように畳についた手から、男は下穿きをも奪い取った。
「……もう良いでしょ?それを返してください」
少年の声は微かに震えている。
「返して欲しいのかい?」
男の酷く優しい声。がくがくと、少年は必死で頷く。
それを見た男はふゥんと呟く。あくまで軽薄な声の調子に、きっとこれは少しばかり趣味の悪い悪ふざけなのだろうと、少年は淡い期待を抱いて手を伸ばした。
だが次の瞬間、男はくるりと中庭の方を振り返ると、止める間もなく手の中の布を外へ放り投げる。
「なッ…!」
男の手を離れた布はひらひらと空を舞い、中庭に生えた背の高い木のこずえにふわりと引っ掛り、静止した。
少年は呆然と、信じられないという表情でそれを見ていたが、男の笑う顔を見て、怒りと恥ずかしさで体がかあっと熱くなった。
「か、返せ!」
掴みかかろうとする少年の手を、男の裸足が踏みつける。少年はうっと呻いて、再び畳に這う格好になった。
恥辱に染まった少年の顔を見下ろして、男は言い放つ。
「返して欲しかったら、アタシを悦ばせてみなよ」
不審げな表情を浮かべていた少年は、男の言葉の意味を飲み込んだ瞬間、俄かに赤面した。
「な……なんで、そんな、できな…」
「出来ないなら、ここから帰れないだけだよ」
少年の言葉を遮るように、ぴしゃりと言葉を叩きつける。そして、アタシはそれでも構わないけどねェ……と言って、ずるずると壁に寄りかかるようにして座り込んだ。表情は笑顔を模ってはいるが、男の眼は酷く冷たい。
後生ですから、と少年は何度も頭を下げる。
しかし男は腰を浮かそうともせず、さも滑稽だという様にニヤニヤと笑って少年の様子を眺めるだけだ。
じわじわと、霧雨のような悪意が少年の身体を冷やしていく。
周りを見回しても、少年に差し伸べられる救いの手は、どこにも無い。
或いは声を上げれば、誰かが駆けつけてくれるかもしれない。だが、この状況を他人に見られるなどという屈辱を許せないほどには、彼の理性は残っていた……それが幸いかどうかはわからないが。
とうとう己の置かれた絶望的な状況をはっきりと理解して、少年はゆっくり、男の前に跪く。男の人差し指が、するりと少年の頬を撫でた。
「フ、いい子だね」
男の言葉には答えず、震える手で着物を脱がし始める。上半分をすっかりはだけたところで、少年の手が止まった。
「……な、何をしたら、良いんですか?」
少年が小さな声で問うと、アンタはどうなんだい、と問い返される。
「え……?」
「アンタだってするだろう?自分で」
笑いを含んだ男の声に、少年は耳まで熱くなる。
「なっ……し、しない、そんな事しないッ!」
「へェ。じゃあ、アタシが教えたげるよ」
男が少年の足の間に手を伸ばした。
少年が身を捩るより早く、男の脚と腕が少年の腰をしっかりと捕らえる。
逃れようと必死でもがくが、体格は大差無い……もしかしたら、いくらか小さいかもしれない男の拘束を、どうしても振りほどけない。細い足がまるで野ばらの蔦のように体に絡まり、食い込む。
「やっ……嫌だ、放しっ……ひあぁっ!?」
誰かに触れられたことなど無いその場所を、冷たい手が擦り上げた。甘い痺れが身体を駆け上り、思わず男の首にしがみ付く。
男は少年の反応に満足したようにうっそりと笑い、更に強く扱き上げる。
手の動きは緩急をつけて繰り返され、激しく動かされる度に、少年はびくびくと背を反らせ悲鳴を上げた。
必死で声を堪えようと唇を噛むが、強引に火を点けられた肉体からそう易々と熱は引かない。刺激に敏感に反応して声も無く震える少年の姿は、寧ろ男を煽るだけだ。
他人の手で圧倒的な快感を与えられ、若い肉体はあっけなく陥落する。
「はぁっ、あっ、あ……ッ」
「おや、存外早かったね」
軽口に答えることも出来ず、少年は呆然と、男の手に吐き出された己の体液を見つめる。
男は掌に出来た白い水溜まりを暫く弄んだ後、一舐めに飲み込んだ。赤い舌で己の指を丁寧に舐めながら、余韻に浸る少年の耳元に顔を寄せる。
「ほら、アンタばっかり善がってちゃ、しょうがないだろ?」
男が囁いた。体を離し、着物の裾を肌蹴て、少年の腰に絡み付けていた脚を大きく開く。少年にも、男が何を要求しているのか位は想像がついた。
少年はしばし躊躇うように視線を泳がせた後、覚悟を決めたように目を強く瞑り、そろそろと手を伸ばす。が、その手は途中で捉まって、少年は男の上に引き倒された。
胸の中に顔を埋める格好になって、少年は苦しげに呻く。
「アタシは指でされるより、こっちの方が好きなんだ」
何とか体勢を立て直した少年の顎をくいっと引き上げ、薄く開けられた口の中に親指を差し込んだ。骨ばった指は少年の舌を弄ぶように蠢き、微かに水音を立てて引き抜かれる。
少年は男の言葉を掴みきれず、目を見開いて男の顔を見つめる。どういう意味、と問いかけるように。
暫く間をあけて、ようやく言葉を飲み込んだ少年の顔が青ざめる。
舐めろというのか、男の……それを。
嫌だ、と口にしそうになって、言ったところでどうにもならない己の状況を思い出す。
口を噤んだまま動かない少年に焦れたのか、男は少年の後ろ髪をぐいっと掴み、足の間に沈めようとする。
腕を突っ張って耐えても、所詮儚い抵抗だった。
無理やりに押し込まれたそれは臭気こその無いものの、吐き気を催す代物である事には変わりない。
嗚咽にひくつく咽喉は、少年の意志とは裏腹に男自身を締め付けた。
男はそんなささやかな快感では足りないというように腰を突き上げる。呼吸が詰まる苦しさに少年はくぐもった喘ぎを洩らし、その様子は更に男の劣情を煽る。
「は、ァ…ん、そう……上手だよ」
吐息混じりの声で褒められて、髪を優しく掻き混ぜられる。
怒りや嫌悪は感じなかった。寧ろ、心地良いとさえ感じる。
―――心地良い?
おかしい、そんな筈は無い。こんな仕打ちをした男に頭を撫ぜられて、僅かなりとも幸せを感じるなんて。自分は狂ってしまったのだろうか?
……でも、
―――いっそ、このまま狂ってしまえば、苦しみから解放される……
苦痛から逃れたい一心か、男の狂気に中てられたのか、少年の心は次第に溶けていく。
「……ほら、口を休めるんじゃないよ」
甘ったるい毒を含んだ声に、少年は逆らわない。
彼は、ひとかけら残った正気さえ手放そうとしていた。