「センスが無い」
俺が手にした服を見て、律は呆れたように首を振った。同じリアクションを既に四度見ている。
手近なハンガーで殴りつけたいのを辛うじて堪え、Tシャツの並ぶ陳列棚に頭を突っ込む。何が悪いと言うのだ、何が。
律と二人、全国にチェーン展開している格安衣料品店のど真ん中でああでもないこうでもないとやらかしているのは、試着室の中、半裸のまま体育座りで俺たちを待つねずみの為である。
ねずみ、というのは律が「灰色ずくめだから」という理由でつけた名前だ。
実際のところ、公園で拾ったこの男の本名その他もろもろは、一晩経ってもわからないままだった。
まあ、素性のしれない輩など、この界隈には掃いて捨てるほどいる……俺も含めて。
とにかく、洗いざらしの灰色スウェットでは連れ歩くのもままならないという律の強い主張によって、男三人で買い物に来た、ということだ。
「ぼーっとしないでよ。早く決めて服を着せてあげないと、彼、風邪引いちゃうよ」
「いちいち着たり脱いだりするのが面倒だからそのまま待ってろ」と言ったのは、どこのどいつだと思っているのか。
じゃあこれ、と差し出した服は、やんわりと押し返された。六度目。
「お前、何が不満なんだよ!」
「和柄ばっかりなんだもん。しかも派手」
「いいだろ、好きなんだから」
「下品なんだよね。……あ、でもこれは、目の前で着てる人の品性の問題かも」
手近なショールで首を締め上げてやりたいのをギリギリで踏みとどまる。
結局、俺に難癖つけたいだけなのだ、こいつは。その証拠に、自分では選ぼうともしない。
「じゃあ、お前が選べ。任せるから」
「うーん……こういう安い店の服って、どれも似たり寄ったりだしな」
向かいの棚で商品を畳んでいた女性店員が、こちらを睨みつける。
慌てて試着室前まで退避。高級ブランド店がご実家のこのガキは、時に恐ろしく空気の読めない発言をかましてくれる。
「さむい、です」
試着室の中から、弱弱しい声が聞こえてきた。
俺はがっくりとうな垂れ、溜息をついた。
「……もう、本人に選ばせよう」
「えー?」
「俺のセンスが悪くて、お前に選ぶ気が無いなら、それしかないだろ」
というか、最初からこうしておけば良かった。
俺も不当に罵倒されることは無かっただろうし。騒がしいガキのお陰で、無駄な時間を使ってしまった。
「支払いは僕なんだけど……」
というぶうたれた呟きは聞かなかったことにして、安っぽいピンク色のカーテンの向こうに呼びかける。
「ねずみ」
「はい」
返事と共に、カーテンの上からぼさぼさ頭がぴょこりと覗いた。
ねずみという可愛らしい名前のイメージに反して、この男は長身である。そして細い。ねずみより薄汚れた梵天つき耳かきのほうがイメージにずっと近いと、俺は思う。
「そういうことだから、さっさと選んできな」
「なに、を?」
「だから、お前の服を」
あっちの紳士服コーナーで、と指差す方向を見て、ねずみは「はい」と頷き(返事だけはやたらといい)カーテンの中から飛び出していった。
……半裸のまま。
「ま、待て待て待てっ!」
あっという間にマネキンの林の中へ紛れていく白い背中を、脱ぎ散らかされたスウェットを引っ掴んで追いかける。
親子連れらしい女性客たちの横を通り過ぎる瞬間、笑い混じりに交わされた会話を、俺の耳は確かに捕らえた。
「面白い家族連れね」
「今走ってったの、お兄さん?それとも……」
それとも……の後に続く単語が、非常に気になるところではある。