羊の選択

私は死んだ。

簡易ベッドに横たわり、来るべき時を待つ。

窓の外は、まだ昼のはずなのに、暗幕が掛かったように静かな闇に閉ざされている。

さっきまでうるさいほど鳴っていた秒針の音が、今はもう聞こえない。

長い時が経った。

「おい」

不意に傍らで声がした。

いつの間にかベッドの左隣に、金髪の痩せた青年が立っている。

「お前を助けにきたんだ。さあ、俺の手を取れ。ここから逃げよう」

私の方へ手を差し伸べる。

無理だ。私は死人だ。動けるはずがない。

「お前がそう思い込んでいるだけだ。早くしろ、もう時間が無い」

苛立たしげに眉を寄せた青年の背後で、影のように黒い翼が揺れた。

そうか、彼は悪魔なのか。きっと私の魂を奪いに来たのだ。

私は口を閉ざし、無言のまま悪魔を睨みつける。

悪魔は、呆れたような、悔しむような苦々しい表情をして、差し伸べていた手を引っ込めた。

「話は終わったかい?」

今度は窓の方から、違う男の声がする。

私の右隣に、糊のきいた白いシャツを着て、背にやはり清潔に真白い翼を背負った黒髪の青年が立った。

「だから無駄だと言ったのに。我々の洗脳はそう容易くは解けないよ。

死人が立ち上がることはないし、お前は地獄への使いだ。悪役は悪役らしく暗がりに帰るといい」

「馬鹿め、好機をふいにしやがって!」

悪魔は叫び、ふらふらと壁際にへたり込んだ。

天使は勝ち誇った微笑を浮かべ、私の胸に手を当てる。白い手が、掛け布団を通り抜け、胸の中にするする沈む。

急に、胸が締め付けられるように苦しくなった。

胸から手が引き抜かれる。ぷつぷつと血管が切れる音とともに、臙脂色の肉塊が引きずり出された。

「おめでとう、あなたは選ばれた。

喜びなさい、あなたの魂は供物となって、我々の糧になる」

嫌だ。

私の心に感応するように、天使の手の中で肉塊がびくびくと震える。

悪魔が悲しげに呻くのが聞こえた。

天使が私の『魂』に歯を立てた瞬間、

2009/6/10
Heaven is nowhere.