「ね、これ見て!」
鼻先に突き出された雑誌を、キツネは冷め切った目で眺めている。
「何」
「何って……レビューだよ、僕らの」
毎月買っている演劇雑誌に載った、5センチ四方の記事。見つけた瞬間、心臓が少しの間動きを止めてしまった気がした。
喜びに息を弾ませる僕とは真逆のキツネのリアクション。僕は少々腑に落ちない気分で、さっきより強い口調で話しかける。
「すごく良く書いてもらってる。キツネも読んでみてよ」
「他人の評価なんて関係ない。俺は俺のやりたい事をやるだけだ」
そう言い放ち、彼は再び構想ノートに目を落とした。それきり、雑誌に一瞥をくれようともしなかった。
真夜中。もう夜明けといっても差し支えない時間帯。
部屋の隅で動く気配に目を覚ました。かたかたごそごそと、控えめな音が部屋の隅から聞こえてくる。
薄目を開けると、オレンジ色の薄灯りの中で、こちらに横顔を向けたキツネが小物入れをひっくり返しているのが見えた。何かを探しているらしかった。
時々、僕の様子を窺うように振り返る。
僕は狸寝入りを決め込んで、しばらく彼の動向を観察することにした。
数分後、彼はようやく目当てのものを見つけ出した。彼の手の中で光を反射して鈍く光っているそれは、鋏。
キツネはテーブルに無造作に置かれた件の雑誌を手に取り、ページを繰り始めた。
薄ぼんやりした灯りの中、舐めるような丁寧さで一枚一枚、ゆっくりと読み進める。
ページを繰る手が、ぴたりと止まった。目当ての記事を見つけ出したのだとわかった。
しばらくじっと紙面を眺めた後、おもむろに鋏を入れた。しゃき、しゃき、神経質な音を立て、二つの刃が薄っぺらい紙を噛みしめていく。
やがて、ぱちんと刃が噛み合う微かな音がして、キツネの膝の上に紙切れが落ちた。痩せた指が、それを大事そうにつまみ上げた。
小さな、5センチ四方の記事。
読み終えるのに十分な時間が過ぎても、彼はその小さな紙片から目を離そうとはしなかった。
長い髪に隠れて、キツネが今どんな顔をしているのか、僕にはわからない。
ただ、紙片を持つ手が小さく震え、肩が細かく上下しているという事だけが、はっきりとわかった。