《こっちは今日もいい天気だった。星が綺麗だ》
彼と僕の間にあるタイムラグ。
幾千光年を隔てて地球に届く、星の光のような。
4番目の惑星に移民として旅立った友人は、旅立つ前僕にプレゼントをくれた。
それはあまりにも時代遅れな、安っぽいメッセージパイプ射出装置だったが、僕らはそれを気に入っていた。早く確実に届く電子メールよりずっと。
メッセージパイプは確かな質量をもって、僕の手の中にある。
硬い殻の中に彼の言葉を封じ込めて、暗く冷たい宇宙を渡り、ここまでやってきた。
中に収められたカセットを手に取れば、もう残っているはずも無い彼の手の温もりを感じる。
これもまた古めかしい再生装置にカセットを入れ、再生ボタンを押す。
繰り返し使ったテープは流れ出す声をノイズで濁し、不鮮明になった部分は、記憶に残っている彼の声で修正する。
《そっちはどうだ? 何も変わりないか?
そろそろ冷えてくる時期だな。
薄着で表に出たりして、風邪引くんじゃないぞ》
彼は変わらない。あの日からずっと変わらない。
僕を気遣う優しい声は、陽だまりに落ちていた小石のようにじんわりと熱を持って、僕の心を暖めてくれる。
《明日は少し遠出してみるよ。道路もだいぶ整備された事だし。
……このパイプ、写真は送れないかな。
お前にもこの星の景色を見せたい。パンフレットに載ってないような、綺麗な風景を》
未曾有の大事故。その被害はやがて、肉眼でも確認できるほど広がっていった。
紙製のコースターにコーヒーをこぼしたように、白い星の表面を、じわじわと黒い炎が焼き焦がしていった。
誰も逃げ出せなかった。最初に炎が上がったのは、その星にたった一つのターミナルだった。
彼らの星は、人々が暮らすために必要な色々が欠けていた。あまりにもたくさんの色々が。
彼は変わらない。あの日からずっと。
最後の言葉が届いたのは、『生存者なし』と報じられてから3日過ぎた後だった。
彼と僕の間にあるタイムラグ。
地球に届く光は、遠い昔に死んでしまった恒星が投げかける最後のシグナル。
《お前に早く会いたいよ。
話したいことがたくさんあるんだ。テープに収まりきらない。
なあ、夜に空を見上げると、宇宙にひとりぼっちって気がして寂しくならないか?》
だからきっと、星たちはあんなにも輝く。
途方もなく永い時間の向こう、遠い場所から返事が届く日を夢見て。