犬は空を見ている。
窓の外に流れる雲が、虚ろな眼に映りこみ、走馬灯のように景色を変えた。
ばさり。
窓の外で、空を打つ乾いた音がして、棘のような装飾の並ぶ柵の上に、一羽の鴉が止まった。
「やあ」
鴉の挨拶に犬は答えず、大儀そうに鴉の方へ眼を動かしただけだった。
「窓を開けてやろうか?」
鴉が言う。
三度、呼吸をするほどの間を開けて、犬が言葉を返す。
「どうして」
「君を逃がしてやろう。そんなつまらない、白茶けた、閉じた世界から」
「無駄だよ。外に出たら生きていけない」
「外の世界を知らないのに、試す前から諦めてしまうのかい?」
「……どうせ無駄さ、何をしたって」
犬は前足の間に顔を埋め、それきり僅かにも動くことは無かった。
それをしばらく眺めた後、鴉は首を傾げ、薄い瞼を二、三度瞬き、
「かわいそうに」
憐れみを込めた呟きと嗤笑めいた鳴き声を残して、屋根の向こうへ消えていった。