それはあなたが彼女らと出会うはるか前の話。
雪深い山道を歩く少女は奉公という名目で売られていくところだった。
紅葉のようになった手にはぁはぁと息を掛けて擦り合わせる。
後であかぎれて余計に辛いとわかっていても、そうせずにはいられない。
左手は切り立った崖で、底から聞こえる風の唸りは、夜語りに聞いた悪霊の声のようでいかにも恐ろしげだった。
振り返る。地吹雪に煙る林の向こうに、生まれ育った村が見えた気がした。
出発の日、何度も振り返っては、家のある方を見た。
外から自分の生まれ育った村を見るのはこれが初めてで、きっと最後になるだろうと少女は思った。
見えなくなっても、何度も振り返った。その度、見送りにきた母の頬に涙が凍りついていたのを思い出した。
前を歩いていた男が、急かすように袖を引く。再び前を向き歩き出す。
踏み出した足が深く雪に沈んだ。体が傾く。少女の乗った地面が、ずるりと横に滑った。
「あ」
呆けたような声を放り出して、少女の体が空中に投げ出された。
男の伸ばした腕をすり抜けて、少女は、白い闇が渦巻く崖下に吸い込まれていった。
少年は毎日、いたずらばかりしていた。
特に好きだったのは、夕暮れ時、そっと家を抜け出してひとりでかくれんぼをすることだった。
家族が必死で自分を探す姿を見ては、涙が出るほど笑い転げた。
その笑い声を聞いて、家族は少年をようやく見つけ出す始末だった。
ある日もやはり、少年はひとりでかくれんぼを始めた。
隠れる場所は、いつも遊んでいる古井戸に決めた。
あらかじめ隠しておいた食糧を夕飯にして、少年は家族が来るのを待つ。
が、夜が来ても、家族は探しに来なかった。
少年は空を見上げた。満月は、少年の真上にあった。
突然、少年は笑い始めた。驚いた寝ぼけ鳥が、ばたばたと羽を鳴らした。
喉が嗄れ、声が出なくなって、少年はようやく笑うのをやめた。
辺りに静寂が戻る。
少年は何かを待つような顔で、しばらくの間棒立ちになっていたが、ふっと肩を落とし、足元に落ちていた板切れに、クレヨンで字を書いた。
『I'm here!』
少年は、字を書いた板きれを井戸に立て掛け、背負っていたナップザックに石を詰め、それをしっかりと足に括りつけてから、井戸に飛び込んだ。
女は叶わぬ恋をした。
相手は近隣の村の青年。女は山に棲む山猫の化生だった。
二人が出会ったのはある秋の日。鹿を追ううちに道に迷ってしまった青年を、麓まで送り届けた女。
見ない顔だが、どこに住んでいるのか。青年の問いに、やまに、とだけ答え、女は姿を消した。
それから一月。
山に小雪のちらつく頃、青年は再び山にやってきた。
女よ、どこだ、迎えにきたぞ。青年はそう言いながら、獣道をゆっくり登ってきた。
女は心を躍らせた。めいっぱい着飾って、棲み家から飛び出す。
高鳴る胸、息を弾ませ、風のように木々の間を駆け抜ける。蓑を着込んだ青年の姿を見つけるやいなや、その体に抱きついた。
女と青年の間で、火の中に放り込んだ竹が弾けたような音がした。熱い。腹が。
女の体は後ろに弾き飛ばされて、辺りに真っ赤な血が散った。
青年の姿が見えなくなった後、そこに女の亡骸だけが残った。
にぃ、と小さく鳴く声がして、女の元に、一匹の子猫がやってきた。
子猫が女の血濡れた頬を舐めると、かくりと頭が傾げて、その弾みに、肺腑に残った息が、長く長く、吐き出された。
この場に人が居たならば、その吐息は、こう言ったように聞こえただろう。
「このうらみおぼえていてね」
女の目から涙が零れたのを、子猫の無垢な瞳だけが見ていた。
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「……という感じの裏設定があれば、ボクらはもっと売れると思うのでしゅ」
「売れるって何がだ?」
「あぺ、耳を貸しちゃダメなんだね」