男は、耳の内を炙る蝉の鳴き声で目を覚ました。
既に日は高く、障子の穴から突き刺さる夏の日差しが、うつ伏せた男の裸の背中に白い斑を落としていた。
不意に、部屋の隅で、こどもの笑う声がした。
顔を上げる。そこには、ふたつの小さな紙風船が落ちているだけだった。ゆるゆると顔を伏せる。
手を伸ばし、枕元に置いたはずの煙草盆を探る。
と、指先に紙が触れた。
「ぅ……ん?」
顔の前まで引き寄せて、霞のかかった目で紙に書かれた文字を辿る。
どうやらそれは、招待状のようだった。
* * *
「良い夜だ」
夜空を見上げ、青年が呟く。
「なんて美しい星空。
世界中の宝石を集めて天蓋に縫い付けても、この美しさには到底敵わないだろうね。
君もそう思わないか?」
青年は肩越しに、背後の気配へ声を掛ける。
気配の主は、不服そうな唸り声で答えた。
「ああ、すまない。
ここは君の指定席だったんだね」
青年は、腰掛けていた樽から立ち上がり、鷹揚に御辞儀する。
「どうぞ、Lady Noir」
青年が言うと、黒猫は小さな鳴き声で応え、屋根の上から樽の上に降り立ち、居心地良さそうに腰を下ろした。
青年は壁に寄りかかり、黒猫の隣で再び星空を見上げる。
その時、ふたつの星が夜空を滑り落ちた。
「流れ星!君も見たかい?」
青年は隣に視線を移す。が、そこに黒猫の姿はなかった。
その代わり、黒猫のいた場所には、一枚のカードが落ちていた。
どうやらそれは、招待状のようだった。
* * *
ねずみには、その小さなからだに抱えきれないほど、大変な問題に直面していました。
大きなあめ玉が、ふたつも落ちていたのです。
口には、ふたつも入りません。手に持つと、上手に歩けません。
しっぽで結んでみたけれど、まんまるいあめ玉は、すぐにころんと転げ落ちてしまいます。
早く運ばないと、あめ玉は溶けだして、アリたちのおやつになってしまうのに。
ちゅ …
ちいさな目をぱちぱちと瞬いて、ねずみがすっかり困っていると、あめ玉の上に、大きくてひらひらしたものが落ちてきました。
落ちてきたのは、一枚の紙でした。ちょうどねずみが隠れてしまうほどの大きさです。
これを使えば、ふたつのあめ玉を持って帰れそうです。
ところで、ねずみは気付いていませんが、その紙はねずみに宛てられた手紙でした。
どうやらそれは、招待状のようでした。
* * *
「大福もらった!」
「もらった!」
「そりゃよかったね、ん」
「うむ。だがひとつ問題が」
大福は二個、妖怪四人……
「先手必勝でしゅ!」
「させるか!」
「むぃむぃ!」
途端に始まる二人と一匹の争奪戦。
「まったくおめでたい奴らなんだね……ん?」
着物を着た猫は、床に落ちた大福の包み紙を拾い上げる。
どうやらそれは、招待状のようだった。
* * *
どこまでも透明な青空。遥か上を飛ぶ飛行機まで見通せる。この街では、珍しい。
降り注ぐ夏の光が、淡い色の虹彩を焼き焦がす。苦しくて、目を閉じた。
視界が薄紅色に塞がれて、次第に頭を、風の唸りと遠い雑踏の音が満たしていく。
巻き上がる風が途切れた刹那、研ぎ澄ました感覚の先端に、ほんの僅かな空気の動きを捉える。
目を開くと、触角の先を二匹の蜻蛉がすり抜けていくのが見えた。
見えなくなるまで見送って、ふと、膝の上に違和感を感じる。
下を向くと、一枚の葉書が乗っていた。
どうやらそれは、招待状のようだった。
* * *
地下牢に響く足音に、まどろみに漂っていた男の意識が呼び戻された。
階段を叩く硬く重い足音は、看守のブーツが鳴らす音。
足音が待ち人のものではないと知り、男は再び意識を溶かす。
どれほど時が経ったのか。
男が再び現に意識を戻した時、地下牢には人の気配も、物音一つしなかった。
男は、いつもはカンテラしか置かれていないテーブルの上に、瓶が置かれていることに気付く。
水が中程まで入れられた瓶の上には、二輪の白い薔薇が咲いていた。
「そうか…もう、薔薇の咲く……季節か」
男の口元が、僅かに綻ぶ。
「しかし……看守が、こんな……気の利いた、真似をするとは……思えんが……」
瓶には、一枚のカードが立て掛けられていた。
どうやらそれは、招待状のようだった。