12の贈り物と6通の招待状

男は、耳の内を炙る蝉の鳴き声で目を覚ました。

既に日は高く、障子の穴から突き刺さる夏の日差しが、うつ伏せた男の裸の背中に白い斑を落としていた。

不意に、部屋の隅で、こどもの笑う声がした。

顔を上げる。そこには、ふたつの小さな紙風船が落ちているだけだった。ゆるゆると顔を伏せる。

手を伸ばし、枕元に置いたはずの煙草盆を探る。

と、指先に紙が触れた。

「ぅ……ん?」

顔の前まで引き寄せて、霞のかかった目で紙に書かれた文字を辿る。

どうやらそれは、招待状のようだった。

* * *

「良い夜だ」

夜空を見上げ、青年が呟く。

「なんて美しい星空。
 世界中の宝石を集めて天蓋に縫い付けても、この美しさには到底敵わないだろうね。
 君もそう思わないか?」

青年は肩越しに、背後の気配へ声を掛ける。

気配の主は、不服そうな唸り声で答えた。 

「ああ、すまない。
 ここは君の指定席だったんだね」

青年は、腰掛けていた樽から立ち上がり、鷹揚に御辞儀する。

「どうぞ、Lady Noir」

青年が言うと、黒猫は小さな鳴き声で応え、屋根の上から樽の上に降り立ち、居心地良さそうに腰を下ろした。

青年は壁に寄りかかり、黒猫の隣で再び星空を見上げる。

その時、ふたつの星が夜空を滑り落ちた。

「流れ星!君も見たかい?」

青年は隣に視線を移す。が、そこに黒猫の姿はなかった。

その代わり、黒猫のいた場所には、一枚のカードが落ちていた。

どうやらそれは、招待状のようだった。

* * *

ねずみには、その小さなからだに抱えきれないほど、大変な問題に直面していました。

大きなあめ玉が、ふたつも落ちていたのです。

口には、ふたつも入りません。手に持つと、上手に歩けません。

しっぽで結んでみたけれど、まんまるいあめ玉は、すぐにころんと転げ落ちてしまいます。

早く運ばないと、あめ玉は溶けだして、アリたちのおやつになってしまうのに。

ちゅ …

ちいさな目をぱちぱちと瞬いて、ねずみがすっかり困っていると、あめ玉の上に、大きくてひらひらしたものが落ちてきました。

落ちてきたのは、一枚の紙でした。ちょうどねずみが隠れてしまうほどの大きさです。

これを使えば、ふたつのあめ玉を持って帰れそうです。

ところで、ねずみは気付いていませんが、その紙はねずみに宛てられた手紙でした。

どうやらそれは、招待状のようでした。

* * *

「大福もらった!」

「もらった!」

「そりゃよかったね、ん」

「うむ。だがひとつ問題が」

大福は二個、妖怪四人……

「先手必勝でしゅ!」

「させるか!」

「むぃむぃ!」

途端に始まる二人と一匹の争奪戦。

「まったくおめでたい奴らなんだね……ん?」

着物を着た猫は、床に落ちた大福の包み紙を拾い上げる。

どうやらそれは、招待状のようだった。

* * *

どこまでも透明な青空。遥か上を飛ぶ飛行機まで見通せる。この街では、珍しい。

降り注ぐ夏の光が、淡い色の虹彩を焼き焦がす。苦しくて、目を閉じた。

視界が薄紅色に塞がれて、次第に頭を、風の唸りと遠い雑踏の音が満たしていく。

巻き上がる風が途切れた刹那、研ぎ澄ました感覚の先端に、ほんの僅かな空気の動きを捉える。

目を開くと、触角の先を二匹の蜻蛉がすり抜けていくのが見えた。

見えなくなるまで見送って、ふと、膝の上に違和感を感じる。

下を向くと、一枚の葉書が乗っていた。

どうやらそれは、招待状のようだった。

* * *

地下牢に響く足音に、まどろみに漂っていた男の意識が呼び戻された。

階段を叩く硬く重い足音は、看守のブーツが鳴らす音。

足音が待ち人のものではないと知り、男は再び意識を溶かす。

どれほど時が経ったのか。

男が再び現に意識を戻した時、地下牢には人の気配も、物音一つしなかった。

男は、いつもはカンテラしか置かれていないテーブルの上に、瓶が置かれていることに気付く。

水が中程まで入れられた瓶の上には、二輪の白い薔薇が咲いていた。

「そうか…もう、薔薇の咲く……季節か」

男の口元が、僅かに綻ぶ。

「しかし……看守が、こんな……気の利いた、真似をするとは……思えんが……」

瓶には、一枚のカードが立て掛けられていた。

どうやらそれは、招待状のようだった。

2009/7/21
招待状をくれた12人の優しいユーザさんに捧ぐ。