新人か、という問いに、素直にはいと答えてしまった。
獄中の少年は、囚人に何を気を遣う必要がある、と言って、昏い笑い声を上げた。
膝下に楔を打たれ、腕を鎖と鉄輪で拘束された痩せぎすの少年は、目だけぎらぎらと光らせて、何日間も餌を与えられていない飢えた豹のようで、恐ろしくもあり、哀れを誘う姿でもあった。
(見た目に惑わされるな。爪と牙を抜かれていようと、あれは)
ここに来る前、入れ替わりに抜けた看守の言葉を思い出す。齢千を越える化け物だと、とても信じられない。
目の前にいるのは、途切れ途切れの息をつき、弱り細った躰を晒す、幼さの抜けない少年だ。
ただ、常人と違うのは、目だ。金色の瞳が鉄格子の向こうで瞬くたびに、胸の内側が毛羽立つような不安を覚える。
「……何を…ぼんやりしている」
「あ、いや」
大人びた口調に、いちいち動揺してしまう。何とも情けない。
「き、着替えを」
「そうか……では、頼む」
「頼むって……」
「私ひとりで…着換えろ、と?」
がらり、少年の足元で鎖が床と擦れて乾いた音を立てる。
途方にくれて、扉の方へ視線を移す。外には見張りの看守が立っている。だが、手助けを求めたところで、こんなことも一人で出来ないのかと笑われるのが落ちだ。
手元に視線を戻す。洗いざらしの綿のブラウスが一枚。これを着替えさせるだけ。難しい仕事じゃない。それに相手は……
「……なん…だ?」
……ただの子供だ、そう、ただの。
そう自分に言い聞かせ、鉄格子の戸をくぐる。床と壁に描かれた文様が、彼から力を奪っていると聞いている。だとすれば、彼は、無力な子供も同然なのだ。何を恐れることがある。
目の前に立つと、頭ひとつ背の低い少年の四肢は、より一層か細く儚げで、呼吸のたびに生命が抜けていくようだ。
「早く…終わらせて、くれ。客が……来てしまう…」
急かされて、慌てて、服を脱がしにかかる。
タイを解き、ブラウスのボタンに手を掛けると、くっくっと咳き込むような忍び笑いと共に指摘される。
「どうした?手が…震えて、いるが」
体温が上がるのが、はっきりとわかった。恥ずかしさにひどい耳鳴りがした。
早く終わらせて、ここから逃げ出したい。みっともないのは承知の上だが、とにかくそれしか考えられなかった。
やや乱暴にボタンを外し、襟を肌蹴る。あばらが浮くほど痩せ細った胸が露になる。
袖を脱がせるには、腕の戒めを解かなければならない。前から少年の背中側に手を伸ばし、肩越しに手元を見ながら手首に嵌められた枷に手を掛けた時、ふと、他愛ない好奇心が頭を擡げる。あるいは、不相応な口ばかり利く生意気な囚人への報復。
何気ない風を装って、指先で、背筋をすっとなぞる。息を飲む気配がした。気にせず、服の下に手を差し込み脇腹の裏を撫でると、耳元で不機嫌な声がした。
「先から……何をしている……」
「いや、別に」
平然と言いのける。
「妖魔の類にも、人並みの感覚が具わっているのかと、実験を」
「馬鹿な…私を一体何だと……っは、ぁ!」
指先が背中のある一点を通過した瞬間、少年の体が弓なりに強張った。唐突な反応に戸惑いながら、その地点を指の腹で探る。
両肩の少し下の辺り、掌ほどの面積で対称位置に二ヶ所、軽い火傷痕のように皮膚が薄くなっているのがわかった。
「そこは……駄目だ、今でも……」
「痛みが?」
「いや…痛みではない……ただ……」
少年が顔を覗きこんでくる。
金色の瞳に、揺らめくランプの灯と己の顔が溶けあって、滲む。
「酷く、もどかしい……」
薄く開かれた唇の隙間から、誘うように赤い舌先が覗いた。