「牧師様、僕はある人を好きになってしまいました」
「へー、いいんじゃない?」
「でも、それを伝えることができないんです。
僕は弱い人間です……」
「気ィちっさ! 案外向こうが気付いてたりして」
「まさか。その人、適当なことばっかり言って、僕の気持ちなんてこれっぽっちもわかってくれないんです」
「うーん、そんなこと無いと思うんだけどなぁ。俺も好きだよ」
「え?」
長い沈黙の後、ため息と共に返事が返ってきた。
「牧師様、からかうのはやめてください」
「本気だって。超マジ」
「だから、そういうところが信じられないのです」
至極真面目に対応しているつもりなのだけど。
どうも俺は、真剣に話せば話すほど墓穴を掘っているらしい。こと彼に関しては。
ならば、行動で示してみようか。
狭い懺悔室の壁に頭を凭せ、思ったまま提案を口にしてみる。
「じゃあ、する?」
「は、何を」
「セックス」
「なッ!」
ガン、と鈍い音。
たぶん、焦って立ち上がろうとして、膝か何かを椅子にでもぶつけたんだろう。間抜けな奴。
「おーい、大丈夫か?」
「ばっ……馬鹿なこと言わないでください!」
「本気なんだけど。嫌?」
「嫌です!」
……まさか、告白された相手にここまできっぱり拒否されるとは思わなかった。
「何で。俺の事好きなんじゃないの?」
「それは……それとこれとは、話が違います!」
どう違うというのだろう。
「ここは教会で、あなたは牧師です」
「うん。で?」
「それに、僕もあなたも……男です」
「うん、知ってるよ。で?」
「……」
返事は返ってこなかった。
代わりに、蝶番が軋む音が聞こえて、隣室の彼が部屋を出たことを知る。
俺はパイプ椅子の上で膝を抱えて座り、しばらく向こうの出方を待ってみることにした。
やがて足音が近づいてきて、ドアの前でぴたりと止まった。
ためらう気配がドア越しに伝わってくる。更に待つ。ドアはなかなか開かない。それでも、俺は待った。
数分後、やはりためらいがちに、静かにドアが開かれた。
顔を上げると、俺よりいくらか年下と思われる色の白い男が立っていた。怯えたような表情も相まって、なんとなくウサギを連想させる。
入るように促すと、彼は大人しく従う。
一畳ほどのスペースは、男ふたりが入ると身動きする余裕も無くなった。
「……あ…」
泣きそうな顔から、悲しみと小さな怒りを含んだ声が降ってきた。
なんだか俺がいじめているような気さえしてくる。
「あなたは酷い人です、牧師様」
「俺?」
酷いことをした覚えは無いが。
「僕をからかって、楽しいですか?」
「何度も言うけど、俺はお前をからかったりしてないよ」
「じゃあなんで……そんな…そんなことが言えるのですか……」
「そんなこと?
好きな人とセックスしたいって思うの、そんなに変?」
「だ、だって……」
「それって結局、」
勢いをつけて立ち上がり、そのまま彼の体を壁に押し付ける。
驚き、拘束を解こうともがく彼を強引に抱きすくめ、耳朶に口を寄せる。柔らかな曲線を描く黒髪が頬に触れた。
「逃げる口実が欲しいだけじゃないの?」
「……ッ」
反論しようと開きかけた唇に、強引に舌を捻じ込んだ。
絡ませ強く吸うと、いやいやと首を振り、手を突っ張って体を引き離そうとする。
そのくせ、もっと欲しいとせがむように舌を絡ませてくるあたり、なんとも素直で可愛らしい。
いい加減苦しくなってきて、唇を離した。と、とたんに非難が飛んでくる。
「……っ、何するんですか!」
「キス」
「僕が訊きたいのはそういうことではありません!」
「いーじゃん、気持ちよかったんなら」
「ぼ…僕は、そんなんじゃない……」
「そう?」
膝を押し付けて内腿を擦り上げる。
軽く撫でただけで甘い声を漏らし、身を震わせる程だというのに。
「嘘つき」
「……ぅ、違う……」
「虚言は罪だぞ、子羊ちゃん」
「その呼び方はやめてくださいって……ひぁっ!」
下着の中に手を滑り込ませると、そこは既に快感を訴えて濡れていた。
わざと優しすぎるほどそろそろと手を動かしてやると、強い刺激を求めて腰が浮く。
身体は素直すぎるほど反応していると言うのに、こいつはまだ受け入れようとしない。
……強情なヤツ。
「は…ぁ、やっ…めて、くださ……」
「さっき、お前が、お前の手でドアを開けた時」
「ぇ……?」
「本当に嬉しかったんだけどな。お前が俺を選んで、求めてくれたのが」
俺なりに、できる限り真剣に気持ちを伝えてみた…つもりだ。
抵抗する力が弱くなった。身体を離すと、熱を帯びた視線にぶつかった。
「……牧師様」
「うん」
「僕は…僕は、牧師様に……」
「うん。
いいよ、お前の好きにして」
彼は、耳まで真っ赤になって俯いた。
俺の誠心誠意の言葉は、ようやく彼の心に届いたらしい