白と灰色

ねずみはある街で、猫に出会いました。

「オレな、シロっていうの」

小さなねずみよりずっと大きいその猫は、どうやら昼食を済ませたばかりのようで、陽だまりでまどろんでいたねずみを襲おうとはせず、隣に座り、友人に出会ったような調子で話しかけてきました。

「おまえも誰か、待ってるの?」

シロの言葉に、ねずみは首を傾げます。

そう言われると、そうだった気もします。でも、それと一緒に、何か大切なことを忘れているような気もするのです。

ねずみが一生懸命考えていると、シロはやさしい声で、

「うん、いろいろあるのな。わかるよ」

そう言って、ねずみの肩らへんをぽんぽんと叩きました。

と、シロはふと遠い目をして、ちょっとだけため息をつきました。

不思議そうな顔でこちらの様子を伺っていたすずめ達は、人形のように塀の上でじっとしている二匹の観察に飽きてしまったようで、ぺちゃくちゃとおしゃべりをしながら飛んでいってしまいました。

それで、周りはすっかり静かになってしまって、時々、遠くを走る車の音が聞こえるだけになりました。

「オレな、飼い主さん待ってるの。ここで」

それから、シロは、シロの飼い主さんについていろいろなことを話してくれました。

名前を呼ぶと喜ぶこと。ときどき尻尾を踏まれて、それがすごく痛いこと。

聞かせてもらったお話や、一緒に見た景色のこと。

飼い主さんの手は大きくて、撫でてもらうのが大好きだということ。

ねずみはじっと耳を傾けていましたが、嬉しそうに飼い主さんの話をするシロを見ているうちに、胸の奥であぶくがはじけるような、不思議な気持ちになりました。

ずっとずっと遠い昔、ねずみがまだねずみではなかったかもしれないほど昔、誰かがそんなことをしてくれたような気がします。

そのことを思うと、また、胸の奥で小さなあぶくがはじけて、それが苦しくて、ねずみはきゅうと目を閉じて、体を小さく小さく丸めます。

「……な、どうしたの?」

様子のおかしいねずみに気づいたシロは、背中をそおっと舐めてやりました。

ざらざらした舌で舐められるのはくすぐったくて、ねずみは思わず、ちゅう、と鳴いてしまいました。

「飼い主さんもな、こうやって足の裏舐めるとくすぐったいって笑うの。

おまえも笑うと、きっと元気になるよ」

そう言って、シロは得意げに笑います。

ねずみも、ちゅうと鳴きました。

「な、おまえ、これからどっかに行くの?」

はい

そう、ねずみは旅の途中なのです。

もう行かねばなりません。

「じゃあな、もし途中で飼い主さんに会ったら、オレがここで待ってるって教えてほしいんだ。

でさ、きっと飼い主さん、道に迷ってると思うのな。だから、ここに来る道、教えてやってな」

わかり ました

ねずみはしっかりと頷きました。

きっと やくそく です

「うん。約束」

また会おうな、と尻尾をぱたぱた振って見送ってくれるシロに背を向けて、ねずみは再び歩き出しました。

旅路はまだ遠く、果てしなく続きます。

2008/7/18