01/傷痕をたどる
汗ばんだ背中の上を、冷たい手が這いずる。
じわじわと進む指は、背中にのたくる古い傷を辿っていく。
何が楽しいのか、念入りに、執拗に。
「よしなよ、」
これ以上、傷を深くするのは。
02/足りない
口では足りない、手では足りない。
吹き込む風が、隙間を広げてしまうのが怖い。
何かに追い立てられるように、お前をわたしの中に打ち込む。
―――嗚呼、それでも塞ぐには足りない。
03/もしもなんて言わないで
「もしいなくなったら、どうする?」
そんな言い方で誤魔化さなくとも、その日が遠からずやって来るのを知っている。
捨て行けばいいと言いながら、日に焼けた畳をがりり、と掻く。
04/なぞるその指先に
障子に映った蝶の影を、女は指先で追いかけている。
追いついてはひらり、ひらりと逃げられて、その度に女はけらけらと笑う。
「楽しいねぇ」
そうだね、と私も笑い、擦り傷だらけの指先を舌で舐めた。
05/キスしたらなにがわかる?
それは好かない、と言うのに。
しつこく何度も繰り返す男に何が楽しいのかと問えば、
「楽しくは無いが、お前の顔を見なくて済むだろう?」
それもそうだと答えようと薄く開いた唇に、滑こい唇が挿し込まれた。
06/触れ合うだけじゃ
粘膜を強く擦り合わせて、皮膚の内側に走るむず痒さを忘れようと無心に腰を打ち付ければ、女が苦しげに顔を歪める。
お前も苦しめば良い。私は笑う。女はすすり泣く。
痛みを伴う触れ合いで共有する狂気。
07/どうしてこんなにも、
何時もの事じゃないか。
己に言い聞かせて、その背中を見送る。
腸を炙られるようなこの感覚を、一体何と呼べば良い?
誰にも受け止められない問いかけが、部屋に残った陽だまりに転がった。
08/血は否めねえなあ
欠けた茶碗に満たされた酒を呷り、頭の中で飛び回る虹色の蝿を振り払う。
煩い煩いと喚く女の顔を、平手で殴りつけた。
私と同じ顔の女が、血塗れの唇をにいっと歪める。
「アタシもアンタと同じ、腐った血が流れてるよ」
煩い、煩い
鏡に振り下ろした手は、べっとりと朱に濡れる。
09/口元を覆った
わたしをずたずたにしてほしいのです
そのつめでひきさいて
そのきばでかみくだいて
ただのにくのかたまりにしてほしいのです
でもわたしはそんなことすなおにいえないから
あなたをわざときずつけるのです
ひどいことばで
そっけないたいどで
なのにあなたはただくちびるでわたしのくちをふさぐだけ
ねえそれはなんというばつですか
10/愛していると言ってください
空々しいと知っているのに、言葉で埋めないと気が済まないのか。
いつか朽ちる枯葉で覆い隠して、何の意味が在るのだろうか。
それでも、お前が一時でも満たされるなら、喉が裂けるまで言ってやるよ。