同居人に見送られ後ろ手にドアを閉めると、冬の風が僕の頬に当たった。
冷たくて、首を竦める。『今日は冷えるらしいから、散歩は止した方が良いんじゃないか?』という同居人の忠告を聞いておけば良かったかな、と考えなかった訳ではないけれど、冴え冴えとした冬の夜空に散った星は都会とは思えないほど綺麗で、何よりじっとしてなどいられなかった。パーカーのフードを深く被って、歩き出す。
―――言えない、帰らないで、なんて。
帰っていった友達の顔をもう二度と見られないかもしれない。そんなことを考えると、叫びだしたいほど怖くなる。かといって、訪ねて行くなんてもっと怖くてできない。だって友達の隣に僕の知らない人がいて、友達は僕の知らない顔をして、そんな所を見たら、僕は……僕はきっと、口を利けなくなってしまう。
「おいそこの不審者!」
そうやって色々と考えを廻らせながら夜の住宅街を歩きまわっていたものだから、背後から声を掛けられたとき、僕は本当に、数センチ飛び上がってしまったと思う。
「シカトすんなよ、さっきからずっと声掛けてんのに」
「ご……ごめん、気付かなかった」
声を掛けてきたのは、弟だった。相変わらずボーっとしてんのな、などとブツブツ言いながら、手に持ったコンビニのロゴが入ったビニール袋を振り回している。
「買い物……?」
「見りゃわかんだろ」
「何、買ったの?」
「何でも良いだろ」
「……鼻、赤くなってるよ……」
「寒いからだよ!」
……そんな事、僕にキレられてもしょうがない。
むっつりと黙り込んだまま弟が歩き出したので、仕方なく僕も歩き出す。
「ついてくんな」
「別に……同じ方向に行きたいだけ……」
「あーもー、ウゼェ」
「ウザイって言う人がウザイんだよ……」
「どんな理論だよ。小学生かよ」
半分喧嘩のようなそんなやり取りがしばらく続いて、気がついたら僕たちは、僕の借りているアパートの前まで来ていた。
「もうお前、かえって寝ろ。寝てしまえ」
「はいはい……言われなくても寝ますよー……」
「いい大人が拗ねんな馬鹿」
「……馬鹿って言う人が」
「馬鹿で良いから!早く部屋に帰れ!」
しっしっと追い払うような仕草をして、弟は僕とアパートにに背を向けて歩き出した……と思ったら、すぐに踵を返してずんずんと僕に迫ってきて、僕の1メートル手前くらいでぴたりと止まり、
「これ、やるよ」
と、コンビニの袋から何かを取り出し、僕に放ってよこした。
あわてて手で受け止めると、ほんのり暖かい。
「……コーヒー?」
「ブラック」
「……僕、飲めないんだけど……」
「うん、知ってる」
にやりと笑い、バーカ、と言い残して、弟は外灯の明かりの向こうへ走り去っていった。
僕はしばらくその場に突っ立って、手の中のコーヒーと弟が走っていった道を交互に見やっていたけれど、そのうち嬉しいようなおかしいような気持ちが湧き上がってきて、なんだかとても、幸せだった。
ふふふ、と込み上げる笑いを必死でかみ殺す僕を、通りすがりの野良猫が胡散臭そうな目で眺めていた。