手から零れた真珠が、西日を反射して鈍く光った。
それは、思いのほか安っぽく見える。もしかしたら模造品なのかもしれない。
―――真贋などどうでも良い。否、贋物の方が自分には似合っている。
指先で強く弾く。
真珠は薄汚れた畳の上をきらきらと転がり、部屋の隅で身支度をする女の脚に当たって、停まった。
変わった女だった。変わった服を着て、色がおそろしく白かった。頭を抱き寄せたとき、人とは違う部品が付いていることに気づいた。太腿の内側に付いた傷を見て、きっと自分と似通った境遇なのだと悟った。
その細い背中を見ていると、心の奥底で何かが疼く。劣情ではない。遠い昔―――故郷に捨てた思い出、形の無い傷。
こみ上げる吐き気を誤魔化すように女の腰を強く引き寄せ、後ろから抱きすくめる。豊かな髪に顔を埋めると、脳の芯を蕩かすような香りが鼻腔に満ちた。
「どうかしましたか?」
女の声は、街角のラヂオから流れる異国の歌に似ている。
戸惑う女に構わず、肩に唇を落とす。吸う様に舐ると、女の体が微かに反応した。
新雪のように白い頸。幾人に汚されたはずのそれは、どこまでも白く滑らかで美しい。
―――ここを喰い破れば、きっとそこから流れ出るのは乳のような白い血なのだ。飲み干せば己の穢れを祓い去る神酒が、女の身体に流れているのだ。
……なんて、
「馬鹿馬鹿しいね」
「…………ねこは今、何かヘンな事をしましたか?」
「いンや」
独り言さ、と呟き、身体を離す。振り返った女と視線がぶつかった。
何かが脚にぶつかった。
視線を落とす。足元には鈍い光を放つ真珠と、投げ出された男の腕がある。
迷い込んだ見知らぬ街で、風変わりな衣装の男に出会った。誘われるまま酒を飲み、半ば流されるように男を買った。
抱かれている間はなにか自分と同じ匂いを感じたのに、西日の中に横たわる彼が纏うものは、こんなにも自分と違う。
気だるげに言葉を紡ぐ様子は、異国の呪い師のようだ。
―――異国。
確かにここは異国のようだ。
木と紙で出来た家。窓の外には見たことの無い草木が生い茂り、壁に張られた紙には子どもの落書きのような文字が書き綴られている。
一際鮮やかな紅い花を眺めながら思いを廻らせていると、腰を強く引き寄せられた。
「どうかしましたか?」
男は何も言わない。
首筋にやわらかく暖かいものが押し付けられた。優しく吸われ、身体が再び熱を持つ。
身体を気遣ってくれるのか、男はそれ以上を求めてはこなかった。緩やかな愛撫に身を任せ、ぼんやりと煙る頭で考える。
―――もしかしたらこの男は本当に呪い師か何かで、わたしは魔法をかけられて、あの庭に咲く血のように紅い花の仲間入り……
……なんて考えは、可笑しいだろうか?
「馬鹿馬鹿しいね」
「…………ねこは今、何かヘンな事をしましたか?」
「いンや」
ううん、やはり怪しい。
考えを読まれたのかもしれない……振り返って男の顔をじっと見つめる。
男はちょっと目を見開いた後、若い娘がそんな面するもんじゃないよ、と言って、笑った。