うら寂しい峠道で、大型トラックにケツを狙われる心当たりは?そりゃもう、腐るほど。
が、さしあたっての心当たりといったら。
「ま、それだろうな」
「だよねぇ」
バックミラー越しにアリオと視線を結ぶ。
視線の先、ミラーに映っているのは後部座席に鎮座するアタッシュケース。今回の依頼品だ。
中身は知らない。そういう契約だからだ。もとより興味もない。
たとえ中身が現金だろうが宇宙人だろうが小麦粉かなにかだろうが、妙な気を起こさず、好奇心に蓋をして、言われたとおりに仕事をこなす。
それがこの手の商売のルール。そして、長生きの秘訣でもある。
「トラック野郎の狙いが荷物にしろあたしらにしろ、だ。やるべき仕事は変わらない。あっちの荷物をこっちへ渡す。滞りなくな。そうだろ」
「うん。それはいいんだけどさ、ジジ」
「あん?」
「野郎じゃねーよ。運転席に座ってんの、女だ……女は野郎じゃないよな?」
「……女郎、かな」
ミラー越しにトラックの運転席を見る。レースで装飾されたフロントガラス、助手席には包帯でぐるぐる巻きにされたウサギのぬいぐるみが首を吊ってぶらぶら揺れている。なかなかエッジの効いた内装だ。
運転している女は赤地に白いレースのヘッドドレスを着け、ストレートの黒髪を市松人形の様にカットしている。姉ちゃんというよりお嬢ちゃんと呼んだ方がしっくりくる年齢と格好だ。顔立ちは可愛らしいが、化粧はかなり濃い。もろもろ含めて、あたしの好みじゃない。
女の運転するトラックは、一定の距離を保ったまま、バンに追走する。細く曲がりくねった山道。トラックとバンなら、地形の利はこちらにあるが……
アリオが横目であたしを見た。
「どうする?逃げ切る?」
「ああ……そうだな」
妙に大人しいのが引っかかる。尾行のつもりなら、大型トラックで後ろににぴったり貼りつくなんて馬鹿な真似、素人だってしない。
しかしどのみち、目を付けられた以上、ろくな武器も積んでいないこの車には仕掛けられる前に逃げ出す以外に術はないのだ。
車がトンネルに入った。夕焼け色の光がとろりと車内に流れ込む。
「抜けたら加速しろ」
「了解」
それきり会話を切る。あたしは窓の外を、アリオは前を向いて、それぞれその瞬間に備える。
あと300M。
トラックが急にスピードを落とした。なぜ?
100。
ドアミラーに反射したトラックのライトに目が眩む。振り返ってトラックの姿を確認したあたしは、
50。
叫んだ。「アリオ!アクセル!」
銃口から放たれた弾の如く、バンはトンネルから飛び出した。シートベルトを外し上体を捻って後ろを向いていたあたしの身体は後部座席に投げだされ、半回転して頭からシートに着地した。体勢を立て直す暇もなく、視界の隅に跳ねまわるアタッシュケースを見つけあわてて胸元に引き寄せ抱え込む。
背後で轟く爆発音。そして、瓦礫の崩れ落ちる音。
急ブレーキ。バンはドリフトしながら減速し、ガードレールに尻をぶつけて停車した。
「……また修理費がかさむな」
たっぷり二呼吸分の思考停止の後、最初に口から出た言葉がこれなのだから、呆れる。
もっとも、
「……ただでさえボロい車がまたボロくなったな」
こいつも似たり寄ったりのようだ。
アリオが後ろを振り返り、あたしはひっくり返ってシートに着席したまま、顔を見合わせて力なく笑い合う。
お互いに怪我がないことを確認して、車を降りる。むせ返るような青草の匂い。顔の周りに寄ってくる蚊の群れを手を振って追いながら、たった今飛び出したトンネルの出口を眺める。正確には、トンネルの出口だった瓦礫の壁を。
「なあ、これ、一体どういうこと?ジジ、何か見たんだろ?だからアクセル踏めって言ったんだろ?俺、もう…何が何だか……」
傾いたドアにぐったりもたれかかったアリオが、救いを求めるような目であたしを見つめる。
確かに、あたしは見た。トラックのコンテナがせり上がり、ミサイルの発射台が顔を出したのを。
そして、イタチの威嚇めいたぞっとするような笑顔。あの女の。
「……とにかく」
感情がうまく言葉にまとまらない。こみ上げる怒りと戸惑いを飲み下すと、舌の上には味気ない台詞だけが残った。
「荷物も命も無事だったんだ。トラブルは片付いた。さっさと運んで、そのあと考えよう……色々」
「うん……でも、」
俺、まだ胸のあたりが気持ち悪いよ……嫌な感じがするよ、ジジ。うまく言えないけど。
アリオがぼそりと呟いた一言は、車が走り出してからも、しばらく耳にこびりついて離れなかった。