「だからさ、ジジ、愛ってのは種族の差なんか越えてるわけよ」
「わかんねーよ、大体お前のは愛じゃねぇだろ、レイプだろ」
あたしとアリオは行きつけの汚い飲み屋で、ハチノコの佃煮をつまみながら、小便みたいな味がするビールを飲んでいた。
仕事が終わって小金が入ったってんで、くっだらない話をしながらダラダラ飲もうって事になったのだ。
「ちっげーよ!俺たちは愛し合ってんの。愛し合う二人に言葉は要らない」
「なんだよそれ。つーかお前、もうちくわとかホースとか、そんなんで良いんじゃねーの」
「……さすがに入んねーと思う、細すぎて」
入りゃいいのか。あたしは頭を抱えて、油がこびり付いたカウンターテーブルに突っ伏す。
何の話かって、アリオの性的嗜好の話だ。
信じられない事に、この男は人間の女には食指が動かないらしい。犬とか豚とか羊とか、そういう女……いや、メスが良いと言うのだ。
アリオと比べりゃ、あたしの方がよっぽどノーマル……ちくしょう、思い出したくないこと思い出しちまった。
「お前の方はどうなん?彼女」
「んー……別れた」」
「え……ええぇっ!?何で!」
素っ頓狂な声を上げたアリオを、蹴り飛ばす元気も無い。
だんだんイライラしてきたあたしは、話を終わらせるつもりで、つっけんどんに答える。
「何ででも良いだろうが。いちいちオーバーなんだよテメェは」
「……よくない」
急に静かになった。
怪訝に思い横を向くと、泣きそうなアリオの顔。
「俺には何でも話すって言ったじゃん、ジジ。良いこともヤなことも話すって約束したじゃん」
馬鹿、なんて顔するんだ。泣きたいのはあたしの方だってのに。
イライラが急に萎んでいった。
温くなったビールを一息に飲み干して、吐く息と一緒にこぼす。
「ガキ、出来たって」
ふへぇ……と、間抜けな相槌。アリオはますます泣きそうな顔になって、ビールが半分ほど入ったコップを両手で抱えて蚊の鳴くような声で言った。
「そっかぁ……子供か……お前のじゃねぇよな、やっぱり」
「ったりめーだろ、女同士でガキ出来てたまるかよ」
ははは、と嗤う。歯の抜けだババアみたいな笑い方だと思った。
アリオはしばらく黙ったままテーブルを睨みつけていたが、不意に立ち上がり、
「親父、ビール大ジョッキ一つ、冷えてる奴ね」
と、馬鹿でかい声で怒鳴った。
「……な、なんだよ、まだお前の分残ってんじゃん」
あっけに取られているあたしの横でアリオは、握りこぶしみたいな顔した飲み屋の親父からビールを受け取り、そのままそのジョッキをあたしの頭の上で、逆さまにした。
上から降り注ぐ、ギンギンに冷えた黄金色のどしゃぶり。
その瞬間、何をされたのかわからなかった。上を見る。アリオの得意げな顔。
体中の血の気が、一気に頭へ上がっていった。アリオの手から空になったジョッキを引ったくり、
「ふっ…ざけんなァァア!」
そのまま顔面に叩き込んだ。
アリオは良い奴だ。それは間違いない。
時々突拍子も無い事をやらかしたりもするが、それはこいつなりにあたしの役に立ちたいがための行動だ。あたしはアリオを、全面的に信頼している。
だから気付いた。アリオは、悪ふざけして、あたしを元気付けたかったんだって。
残念ながら、あたしがそれに気がついたのは、吹っ飛んだアリオの体がカウンターを飛び越え、酒瓶を巻き込みながら着地した後だった訳だが。
まあ、元気は出た。それは間違いない。
「ジジ手前ェ、何しやがんだ!」
叫んだのは、アリオではなく飲み屋の親父だ。
まさに茹で蛸のように真っ赤になって、ボトルの残骸の中で伸びているアリオと息を切らしているあたしを、交互に睨む。
「……ツケといて」
肩をすくめ、小さく呟く。親父は酒臭いため息を吐いた。