「あー、暑い」
「分かりきったこと言うんじゃねえよ馬鹿野郎、余計暑い」
「三浦さんだって今暑いって言った」
「揚げ足を取るなよいちいちいちいちうっとうしいなぁ!ただでさえクソ暑いってのに!」
「また言った」
「あぁ!?」
三浦さんは縁側で昴のビニールプールに足を浸して3杯目の麦茶を空にしたところ。理仁はうつ伏せに寝そべってゲームをしている圭太の尻たぶに頭を乗っけて、暑い暑いとしきりにぼやいている。床にはところどころ葦の抜けたすだれの影が、晴れ渡った正午の日差しを透かしてちらちら揺れている。
昴は生ぬるくなったプールの水に浸かって三浦さんと理仁の口げんかをぼんやり眺めていた。上を見上げる。宇多田さんが窓枠に腰掛けて眩しそうに空を見ていた。白いシャツが風にゆれて、宇多田さんの窓だけ、涼しい風が吹いているようだ。
「ほら、帽子落ちてる」
首に引っかかったゴム紐がくいっと引き上げられて、プールの水に半分浸って湿っぽくなった麦わら帽子が昴の頭の上に乗る。その上から、ぽんぽん、と、昴の頭を優しく叩く、大きな手。
遠藤さんは首にかけた手ぬぐいであごを拭いながら、縁側にどっかり腰を下ろした。
「日差しが強くなる前に草むしりが済んでよかったよ」
三浦さんの差し出した麦茶を一息に飲み干し、自分で注いだおかわりを飲み干しても、遠藤さんはまだ汗びっしょりで、空になったコップの底を日焼けして赤くなった鼻の頭に押し当てている。
「おめーらも手伝えよ!昼間っからゴロゴロしてないで!」
「秋になったら手伝いまーす」
「生意気言ってねぇで薬味でも切れ!理仁!飯食ったら宿題やれよ!」
「あーはいはいはいはい!」
しぶしぶと台所へ向かった理仁と入れ違いに、大皿に山盛りのそうめんを持った久保さんが居間に入ってきた。
圭太に体を拭いてもらって、昴もみんなと並んで食卓につく。
「宇多田さん、飯!」
三浦さんが怒鳴ると、少し間を置いて、はぁい、と返事が降ってきた。
いただきますの号令は、昴の仕事だ。
「いただきます!」 『いただきます』
全員の声が揃わなければ、やり直し。『いただきます隊長』は厳しい。
台所でまだ薬味を切っていた理仁も、階段まできたところの宇多田さんも、もちろんその場で「いただきます」を言っていた。着席の有無は問わない。いただきます隊長、そこだけ寛容。
食べ始めるとほとんど同時に宇多田さんが席につき、少し遅れて、小皿とわさびのチューブを持った理仁が圭太の隣に腰を下ろした。全員が揃うのを待って、久保さんと遠藤さんが箸を取る。
「おいなんだよ、薬味っつったらネギだろ、普通……」
「俺はシソの方が好きだもん」
「えー、ミョウガ無いのかよー」
「わさびしかないの?おろしショウガは?」
大人たちの薬味談義が続く中、昴は無心におわん一杯のそうめんをかき混んでいる。
宇多田さんは箸を止め、窓の外の空を見た。入道雲が笑っていた。