久保さんから氷の詰まった袋を受け取って、昴はアパートの二階へ続く、外付けの階段に向かう。
そこには、理仁が膝を抱えてうずくまっていた。目を伏せがちにして、ぼんやりと何かを考えているようだったが、氷を持った昴を見て、腕に顔を埋めてしまった。
昴は理仁の右隣に腰掛ける。理仁はまだ、顔を上げてくれない。
「……何?」
伏せた顔の下から、湿った声が聞こえた。
「りひと、こおりもってきたよ」
「いらない」
「でも、かお、いたいかなって、おもって」
「平気だよ……いつもこうなんだから」
理仁が少しだけ頭を浮かせた。右の頬に赤紫色の大きなあざが出来ている。いつか昴が転んで縁石の角に腕をぶつけた時と同じくらい、ひどい痣だ。
氷で冷やしてあげようと手を近づけて、昴はもうひとつ、理仁の首筋に小さな赤いあざを見つけた。
「ここもいたい?」
昴が理仁の首を指差して尋ねると、理仁は一瞬不思議そうな顔をして、すぐにはっと驚いたような表情になり、ぱっとてのひらで首の痣を覆い隠す。
「こ、ここは痛くないから!」
「そうなの?」
理仁は耳まで赤くなって、激しくうなずく。
それでもなお心配そうに見つめてくる昴から顔を背けるように体の向きを変え、すんと鼻を鳴らす。
「顔も痛くないよ。平気」
「こおりは?」
「いらない」
「じゃあ」
「?」
「すばるがたべる」
「……どうぞ」
昴はビニール袋の結び目に爪を立てるが、なかなか開かない。
しばらくごそごそ苦戦していると、理仁が袋を取り上げて、結び目の少し下を歯で噛み切ってくれた。
「水、こぼさないようにね」
「うん」
「……ね、昴」
「うん?」
「やっぱり、俺にも一個ちょうだい」
「うん」
二人並んで、ちびた氷を口に放り込む。
庭先を通りかかった猫が、二人の姿を見て面食らった顔をして来た道を引き返して行った。
猫のしっぽを見送って、昴は理仁の横顔に視線を移す。
「りひと」
「何?」
「けーたのこと、きらいにならないでね」
「……わかった」
理仁は短く息を吐き、少しだけ笑った。目尻に水が溜まっているのは、見なかったことにした。