ひとの身体は美しい。
特に、若い女の膚は美しい。こうして撫で回しているだけで、何時間でも飽きずに過ごせる。
洗い立てのシーツのようにしっとりと冷たい感触を舌と指先と触手を使って存分に楽しむ時間こそ『解体屋』の、汚れ仕事ばかりでその実ほとんど見返りなど期待できないこの職に許された特権だと二階堂は思っている。
もう少し実用的な楽しみ方もあるが、商品を傷物には出来ない。まったく残念な事に。
いや、贅沢は言うまい。色々と甘い想像を巡らしながら内腿のすべらかな膚を愛撫しているのもまた―――
二階堂の思考は、首筋に当てられた冷たい感触に遮られた。
「変態め」
「……気配を消しテ背後に立たないでくださいヨ」
鎌をあてがうように頤に引っ掛けられたクラブのヘッドをついと指先で逸らし、背後の人影に微笑みかける。憮然とした顔の少年が丸椅子に腰掛けた二階堂を見下ろしていた。
「今晩は八代クン、今日もキミは美しいですネ」
「黙れ変態」
八代は道路脇の吐瀉物を見るような目で二階堂を一瞥した後、ソファに体を投げ出した。小柄な体が小さく弾み、柔らかなクッションに沈みこむ。
二階堂が八代の体に触手を伸ばすと、右手で軽く払いのけられた。
「触るな」
「ワガママ言っても駄目ですヨ。お腹の傷、ちゃんと治療しないト」
「……なんで分かった」
「そりゃもウ、ワタクシはいつも八代クンを嘗め回すように見てますかラ!」
誇らしげに胸を逸らす。
「ワタクシ、生きてる人間では八代クンにしか興味ないんでス」
「気持ち悪い」
「罵詈を吐き捨てるキミも愛してますヨ」
八代は視線だけで殺してやるとばかりに睨みつけ、返答代わりに立てた親指を咽喉の前で横一文字に引き下に突き立てるジェスチャーを返した。
それをまったく意に介さず、二階堂は二本の触手を学生服の下に滑り込ませる。一瞬、抵抗の意思を見せた肉体は、傷に触れられた痛みですぐさま萎縮する。
「身体だけは素直ですネ。いいコトでス」
軽口を叩きながらも慎重に診察を進める。若い身体を嬲るように刻まれたいくつもの傷跡は、予想していたよりずっと深い。胸に微かな不安が過ぎる。
触手がさわさわと不穏に蠢いた。舌先よりはるかに繊細で敏感なこの器官は心の乱れにたやすくコントロールを失う。再び先端まで意識を送り込み、傷の程度を丁寧に確かめる。僅かの狂いもあってはならない。こと彼に係わる事象には。
「ンー、この傷は爪でつけられたものですネ」
「……」
「さて、一体誰の仕業でしょウ?接近戦でキミに傷を負わせるほどの手練となるト、捜査範囲はグーッと狭まりますネ。
十和ならこの程度で済まないでしょうシ、キミが四ツ谷クンの子飼いのケダモノごときにここまで深手を負わされるとは思えませン。
二人を除キ、条件に適合する人間はワタクシの知る限りあと一人。
しかシ、彼が理由も無く他人に攻撃するような人物とはとても思えませン。それとも八代クン、キミには彼に攻撃されるだけの理由があったのですカ?」
八代は何も答えず、ソファの背もたれに顔を埋める。
不貞腐れたその動作から推測するに、どうやら事の顛末は八代の方に非があるようで、本人もそれを理解してはいるらしい。
反省しているかどうかは疑問の残る点ではあるが、今のところはそれ以上干渉しない事にした。あまり機嫌を損ねれば触手を捻じ切られかねない。
「……まあ、キミが生きて帰って来るのなラ、ワタクシはそれで構わないのですガ」
麻酔が効き始めたのか、八代の体から少し力が抜けた。
グリップまで紅く染まったクラブが腕の中から滑り落ちるのを見て、二階堂は小さく微笑んだ。