そこは、暗く冷たい真夜中のビル街で、唯一暖かい光の灯る場所。
七海は幾分ほっとした心持ちで、自動ドアの中に飛び込む。
「いらっしゃいませ」
店員は、カウンター中に立つ覇気の無い若者一人。
カウンター横の保温機から缶コーヒーを取り出し、小銭と共にレジ前に置く。
「お仕事ですか」
「ん? うん」
勘定もそこそこに、コーヒーに口をつける。
店員が眉を顰めるが、気にしない。どうせ他に客はいないのだ。
「これから3件も仕事入ってんの。軽く死ねるわー」
「大変ですね」
「あんたもね」
店員は頬を緩めた。
「そうでもないですよ」
「でもさあ、こういう仕事って何時間も店に拘束されるじゃない?つまんなくない?」
店員は答えの代わりに肩を竦めて見せた。
どんな仕事であっても、食い扶持を稼ぐと言うのはなかなか大変なものだ。
七海は店員の顔をまじまじと見る。怪訝そうな表情を浮かべた店員は、目の下にうっすらと隈を浮かべていた。
「あんたもさ、あんま無理しちゃ駄目よ」
「はあ」
「じゃ、コーヒーごちそうさん」
「あ、お釣りをまだ……」
「あんたに奢る。栄養ドリンクでも飲んで元気出せ」
「……はい」
店員はすこし笑ったようだった。
空になった缶をカウンターに残したまま、出口に足を向ける。
その背中に、店員が声をかけた。
「お疲れ様です。
……明日はいい事ありますよ、きっと」
七海は振り返った。
時計は11時30分。店員の名札には『五條』と書かれていた。