使い古した筆で塗ったように、ところどころ雲の空白ができた、薄水色の空。
海が、灰色の砂浜を侵略しようと波を伸ばしては、届かなくて、名残惜しげに白い泡を引きずりながら引き返す。
どうしてそんなに、こちら側に焦がれるの。
頬に張り付く塩辛い髪を何度もかき上げながら、『お父さん』は俺のずっと先を走っている。
6月の、まだ冷たい水に足を入れて、波打ち際ではしゃぎながら、こっちに手を振っている。
「くじろうちゃーん! 早くーぅ!」
手を振り返して、こどものようなしぐさが眩しくて、目を細める。
この、胸を満たす柔らかな気持ちを何と呼べばいいのか、俺はまだ知らない。
砂に埋まったガラス片のような些細な悪意に容易く傷つく、ヒトの儚さが、愛しい。
頬で風を、足裏で砂の感触を、感覚に刻みこむようにゆっくり歩く。
振り返ると砂浜に残った、二人分の足跡が描く不揃いな二重らせん。
運命を操作する悪魔の手は、ヒトの心を玩ぶだけでは飽き足らず。
潮風が。
泣くような潮風が、還って来いと呼んでいる。
存在しない楽園を探しに行った愚かな鯨、白い骨に変わって海底に墜ちた。
「前向いて歩けよ、また転ぶぞ」
それでも、あと少しだけ。
せめてこの感情の名前を知るまで。