問3. 「make」を使って文章を作りなさい。
「負けるが勝ち」
「違う!」
「なー、負けは負けだよなー」
「じゃなくて、意味が変わっちゃダメだって言ってんだろうが!」
「英語に意味なんて関係ねーよ!」
「むしろ中心だろ!何度目だこのやり取りも!」
「だってもう、見当もつかないもん。何も見えてこない。makeが組み込まれた文章のビジョンが見えない」
7浪目の受験生は、テーブルに広げられた問題集に頭を乗せ、口に銜えたシャープペンシルをぱたぱた上下に動かしながら、器用に喋る。
この状況に追い込まれてなお全く焦りを見せないというのは、ある意味、大物の素質ありと言えなくもない。
対して俺は、胃が痛い。大物にはなれそうにない。
「諦めるのが早すぎるんだ、お前は。それと、makeの読みは『まけ』じゃない。メイク」
「じゃあ……『春色メイクで差をつけろ!』」
「誰がキャッチコピーを作れと言った」
辞書の角でもさもさ頭を小突く。
頭の下の問題集も、その横に積み上げられた参考書の塔も、本来なら中学生の手にしっくりなじむレベル。
大丈夫なのかこれで。大丈夫じゃないなこれは。8浪はほぼ決定。胃が存在を主張するようにきりりと痛む。
「せんせー、例文作ってー」
すぐこれだ。
いい歳の男に甘え声で上目遣いされても、全然可愛くない。
聞こえないふりをしてでたらめに辞書を繰る。Uの項。ultima、umpire、uneasy…
『makeで文章を作れ。ただし、使う以外の用法で』
指先で辿った単語列が、記憶の底に投げ込まれ、沈んだ泥を巻き上げる。浮かび上がったのは、大学時代の色褪めた思い出。何気ない授業でのやり取り。
あの時、俺の答えは、確か―――…
「I make me uneasy」
「何それ、どういう意味?」
「私が私を、不安にさせる」
「……なんか、」
「ん?」
「思春期むき出しって感じ」
「……まあ、な」
モラトリアム。
どこにも足がつかなくて、もがけばもがくほど滑稽で、実体の無い敵にイライラしてはアルコール入りの馬鹿騒ぎで誤魔化していた、思い出すと胸が酸っぱくなる期間。
「誰だってあるだろ、そういう、恥ずかしい時期は」
「そうだよなー」
「そうだよ」
「makeって『使う』だけじゃないんだよなー、使い方。もうこれがわかんねーよ」
「……そっちか」
口に銜えていたペンを今度は指先でくるくる弄びながら、しばらく中空を睨んで考え込んでいたが、急に何かを思いついた顔をして、前のめりに解答用紙にペンを走らせ始めた。
書きながら、口の中で何かをぶつぶつ呟いている。いや、違う。歌っている。誰でも知ってる洋楽曲だ。
―――You are my sunshine
My only sunshine …
あ、わかった。こいつが何を思いついたか。
「できた!」
「どれ」
消しゴムの使い過ぎでくしゃくしゃになった解答用紙を手に取る。
罫線の上に乗った、渇きにのたうつミミズのような文字列は、だが、俺の予想ななめ上を飛び越えていた。
『You make you uneasy,but I make you happy!』
「どう?」
「……及第点」
「やった!」
半分は心証だ、感謝しろよ。