結局のところ奴は純粋なのだ。汚れきった人間社会には不釣合いなほどに。
奴の性格をKYだとかゆとりだとかいって忌諱する風潮はいかがなものかと思う。まあ俺自身引っ叩きつけたくなった事も無いわけではないが。実際何度か投げ飛ばしたが。
今日も奴はクローゼットの中、体育座りで待っていた。頭を小突くと兎耳が傾いた。「わ、ただのボーイになっちゃう」慌てて直している。
イラっとしたのでとりあえず壁に投げつける。鼻を擦っている(鼻血なんか出てない)のを横目に見ながらルームサービスを注文する。「サンドイッチお願いします!」
勝手に電話口で叫ぶな。もう一度投げつける。
数分後、ルームサービスがやって来た。(この二人は一体どういう関係なんだろう?)従業員は不躾な視線を隠さず一礼して部屋を出た。銀のトレイの上には酒と氷と2つのグラス。
酒を飲む。頼んでもいないのに酌をされる。奴は俺の隣で膝をそろえて座り、にこにこ笑っている。何がそんなに楽しいんだと訊ねたらきょとんとされた。
不意に心に湧き上がる仄暗い感情。
抱え上げてベッドに投げ飛ばす。器用に一回転して着地。寝転がって目を白黒させている奴の腹の上に圧し掛かって、外したネクタイで手首を縛る。
黒いガラス玉の瞳が表の安っぽいネオンの光を反射してきらきら光った。半開きの口から迂闊な言葉が飛び出してくるのが怖くてキスで塞いだ。
自分でもよくわからない、酔っていたとしか言い訳できない行為の最中、それでも奴の視線は真っ直ぐに揺ぎ無かった。どうして?「お前は特別です」苦しげな呼吸に混じってそんな答えが返ってきた。
手首の戒めを解いてやると、嬉しそうにしがみ付いてきた。「ねえ、もっと」耳元で囁かれる直情の熱。意識の底に残っていた罪悪感と理性が音を立てて飛び去った瞬間。
それから1時間と数分が経過し―――
奴は俺の隣で丸まって、安らかな寝息を立てている。全裸でも兎耳はつけたままだ。外してやろうと手を伸ばしかけた時、「あ」目がパチリと開いた。
「時計」時計?「時計!いま何時?」枕元に置かれた目覚まし時計を手に取る。0時25分。「あぁぁぁー…遅かったかぁ」遅い?何が。
「お誕生日」奴がふにゃりと笑った。「おめでとう」
何故か顔が熱くなった。目を逸らし、声音に動揺が滲まないよう気を払って、プレゼントはないのかと笑う。
「あるよ」頭の上を指差す。よく見ると、兎耳の根元にベージュのリボンが結ばれていた。お前?「うん!」
馬鹿馬鹿しくて殴る気にもなれなかった。まんまと頂いてしまった訳だ、誕生日プレゼントを。
殴る代わりに、ぐりぐりと乱暴に撫でた。折れ曲がった耳を直そうともせず、奴は幸せそうに笑った。
そういえば、なんでお前が俺の誕生日を知ってるんだ?
奴は得意げに笑い、頭に両手を立てて「何でも聞いてるよー!」思わずベッドから蹴り落とした。