空はターコイズの色。
雲は南東へ疾る。
ポプラの木で鈴が揺れている。
窓の外。
十二月。
くぐもった北風の音は部屋を暖かくする。
クリスマスツリーの下でロケットは飛ばない。
十二月。
雪はまだ降らない。
「私、雪って好きよ」
エイプリルは窓辺のロッキング・チェアで編み棒をくるくる回して、それはそれは可愛らしいブルーと白のしましまの、ちいちゃな靴下を編んでいる。
「そ。そりゃ良かったわねお嬢様」
アタシは一人掛けソファを最大限活用したくつろぎ方を探している。
「どうして雪が好きだとお嬢様になるの?」
「雪で苦労したことがない、って証明」
「そんなことない。でも好き」
「あーあーあーあー、アタシも空から落ちてくる雪と、庭に積もった新雪を見てるのは好きよ。冷蔵庫が満タンで、暖炉の脇に薪がどっさり積んであって、宅急便が届く予定はないって条件つきで」
「雪は教会の屋根にも、ゴミ捨て場にも、私の傘にも降り積もる。平等に。まるで母の、神様の愛のよう」
「でも火星には降らない。神様の管轄外?」
「ヨランダ、どうしてあなたってそう皮肉っぽいの?」
あなたが本当に言いたいことを、アタシに言わせてるんじゃない。
って言ったら、エイプリル、どんな顔をする?
アタシの心臓に引っかき傷を残す、笑顔の面影を残した困惑の表情で、窓の外の暗黒を遠く見る。手の中の毛糸のかたまりをしんねりと見つめる。アタシのことは見ない。目は向いても見えてない、アタシの存在。
妄想の小部屋で散らかした中の、一番さびしい想像図にひとしきり浸った後、考えたのとは違う言葉を舌に乗せた。
「アタシ、エイプリル、好きよ」
「え?」
アタシの妄想の小部屋の内装はベージュ色なの。あなたのは何色?サーモンピンクかしら?
「アタシにないものをたくさん持ってるから」
「たとえば?」
「ンー……、そうね、思いつかないわ。だって、それはアタシの中に無いものなんだから。アタシにわかりっこない」
「わからないのに、私にあるって知っているの?」
「そう。感じるの。このとろとろして熱い空気を伝わってアタシに届くの。この部屋暑くない?窓開けましょ」
「はめ殺しよ、この窓」
「じゃあドア開けてよ」
「え?」
まどろっこしい会話。
弾みをつけてソファから立ち上がる。
部屋を横切りざま、テーブルの上に置いたまま冷めてしまった3時間前のココアを一口飲んで、マグを置いた手でドアノブを。ドアノブが。
「ねぇエイプリル?」
「え?」
「いえなんでもないの。なんでもないんだけど、もしかしてエイプリル、ドアノブ」
「はめ殺しよ、そのドア」
「え?」
そんなドア、ドアって呼べる代物?
揺り椅子の緩慢で規則的な動きが止まった。エイプリルが立ち上がる。膝の上の色とりどりの毛糸が、靴下が、編み棒と鋏と何に使うかわからない道具たちが床に落ちる。毛糸は方々に転がって、床に絵を描く。あれは犬?こっちはキノコ?赤と緑と白が描くのはモールで飾った電気椅子?投げやりなロールシャッハテストにスペーサー先生の採点は?
そういえばアタシ、いつからかひとりぼっち。いつから?3時間前にはたしか。
「ねぇ、いつから? エイプリル?」
「ずーっとよ、ヨランダ」
「何にだって始まりはあるわ」
「始まったことはもう、すべて終わったの」
「じゃあ、今は?」
「今日はクリスマス・イブよ」
「じゃあ、明日は……?」
目の前の彼女は例の、アタシをイライラさせる表情を浮かべて、足元に散らばった花びらのような靴下たちを拾い上げる。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
雪が降り始めた。