ジェニーのお腹はからくり時計
おひさま昇ると ニワトリ飛び出し一鳴き
おはようの時間だよ おはようの時間だよ
ジェニーのお腹はからくり時計
おひさま屋根の上 ウサギが飛び出し鐘叩く
おやつの時間だよ おやつの時間だよ
ジェニーのお腹はからくり時計
おひさま沈むと サルが飛び出しシンバル鳴らす
ねんねの時間だよ ねんねの時間だよ
「お嬢様は、その歌がお好きなのですか」
起伏の無い声。返事はない。
メイドの押す車椅子は歩くよりゆっくりとした速度で庭を横切る。
庭を囲む茂みには滴るような赤色の薔薇が咲き乱れ、幾つかの花ははらはらと花弁を落としている。姫君の為新しく植え付けられた薔薇の木に、下男が肥料をやり過ぎたのかもしれない。
古めかしい車椅子に乗せられた少女は、掠れた声で童唄を歌いながら、硬いタイヤが小石を踏んで揺れる度に頭を傾ぐままにしている。
庭の隅で、車椅子が止まる。弾みで少女の膝からブランケットが滑り落ちる。拾い上げようと屈んだメイドの目の端に、開け放たれた窓の内、風に揺れるカーテンの影から庭を見る男の影が止まる。男の影はメイドの視線に気付くと、部屋の奥へ消えた。
立ち上がり、少女の膝にブランケットを掛け直す。少女はもう歌ってはいない。男のいた窓から、途切れ途切れの、歪な「愛の夢」の旋律が流れ出す。
ここにはいない誰かの、絡みつく視線を感じる。
メイドは薔薇の茂みに無造作に手を突っ込み、咲き溢れる薔薇のひとつを引き千切るように摘み取る。食い込む鋭い棘が掌の浅い傷を増やし、新しい血が袖口を濡らす。
摘み取った薔薇を冷え冷えと鉱石めいた光沢の瞳でひとしきり眺めたあと、メイドは身動きひとつしない少女の足元に跪き、その虚ろな顔をのぞき込む。少女の目に赤い薔薇は映らない。
少女の、冷え切って感覚の鈍った指の代わりに、薄く開いた柔らかく乾燥した唇に瑞々しい薔薇の花弁が押し当てられる。少女の唇が微かな感情のゆらぎに震える。震えは意味のある言葉を象っていたが、メイドがそれを知ることはない。
メイドの手から滑り落ちた一輪の薔薇は、少女のなだらかな体の起伏を転がり、地面に落ちた。その軌跡をなぞるように、メイドの細くしなやかな指が少女の体を撫でる。光沢のある布地に残る波紋のような皺、その中心に引かれた赤い線。たった今流れ出したものとは別の、すでに乾ききった赤黒い血のこびりついた指先の静かで緩慢な動きは、少女の大きく膨らんだ腹の上で止まる。
お嬢様。
女神のような慈愛に、痩せ細った身体の、血管が透ける程白く膨れあがった腹の中、襤褸袋の豚はぬくぬくと肥え、膨らんだ乳房の、受け止められる事なく滴る甘い乳の、汚れた、崇高な、少女の、女の、枯れた喉が奏でる子守唄。
入れ子人形の貴方の為に、私は新しいシーツを用意する。そして、予め設えられた言葉を繰り返す。何度でも。
肘掛に置かれた少女の手を包むように、メイドの手が重ねられる。メイドは少女の頬に顔を寄せ、絵に描いたように美しい微笑を貼り付けた唇が、低い囁きを紡ぐ。
「お食事の時間です、お嬢様」
少女は頸を仰け反らせ笑った。城壁に反響したそれはまるで大勢の少女達の悲鳴のようだった。
遠くで犬が吠えた気がした。