廃墟の夢

どこかで壁が崩れ、驚いた鳥たちが錆びた鉄柵の上から飛び立った。

遠い昔、監獄として機能していたと思われるその施設に、今は人の息衝く気配はなく、石壁はひび割れ、風化し、苔と蔓草に浸食されつつあった。

石畳の隙間にいじましく根付く草には雪片のような白い花が咲き、踏みしめると足下から春の香りが立ち上る。舞い飛ぶ蝶に歩調を合わせるように、ゆっくりと、辺りを探索した。

目当ての場所はわかっているのに、なぜか足がまっすぐその方へ向かない。透明な壁の迷路で迷うように、小動物の庭園に変わった廃墟の中を進む。

やがて、廃墟の最奥、一際崩落の激しい場所にたどり着く。

倒れ重なる石壁の隙間に、その先へ続く階段がある。石礫を踏まないように気を払いながら石段を降りる。踏み出すごとに床に積もった粉塵が舞い上がり、天井のひび割れから差し込む光の中を輝きながら流れる。

階段を下りて突き当たり、元の色がわからないほど錆に覆われた鉄の扉は、辛うじて壁に張り付いていた。

扉の前に立つ。触れてもいないのに、悲鳴のように軋みながら、ひとりでに扉が開く。

地下だというのに、その部屋は明るかった。天井の一部が崩れ、そこから一筋の光が差し込んで、荒れ果てた地下室の中を残酷なまでにくっきりと、淡い明りの中に描き出している。

部屋の中心を仕切る鉄格子。床に落ちたカンテラと銃。そして、光が降り注ぐちょうど真下、スポットライトに浮かぶように、肌の青褪めた、痩せた男がじっと立ち尽くしていた。

言葉を失くす。体ごと鉄格子にぶつかるように、彼の元へ駆け寄る。

長い間彼と現世を隔てていた鉄格子も今はその用をなさず、掴んで揺さぶるだけであっけなく崩れ落ちた。

震える手を伸ばし、冷たく、硬くなった体を抱き締める。

その内にはもう命のひとかけらも残っていないと知っていて、それでも、繰り返し名前を呼んだ。墓標に刻まれることのない、世界から忘れ去られた名前を。

2009/8/9