異形

三木の足の下で水っぽいノイズが鳴った。同時に撒き散らされる赤と白の肉片。

頭を踏み拉かれた男は何が起こったかも解らないまま絶命した。僅かに輪郭を残した頭蓋から足を引き抜く。膏で汚れたスニーカーの先端には血管らしきものがへばり付いている。三木はそれを8つに増えた瞳で見下ろしていた。

「スピード、精度は十分。威力も」

独りごちて、辺りを見回す。左後方からごく小さな物音。振り返る。

派手な音を立ててポリバケツがひっくり返り、その陰にもう一人、おそらくは足元の死体の連れであろう女が顔面を蒼白にして震えているのが見えた。

「でも、一人しか狙えない。当たり前か」

僅かに浮かべた笑みをすぐに消し、女に歩み寄る。

女はいやいやと首を降りながら後退ろうと足をばたつかせるが、ハイヒールが血溜りの上を滑って上手くいかない。

三木は女まで半メートルのところで立ち止まり、視線を女の右に向けた。ぼろ雑巾のようになった猫の身体に、カッターが突き立てられていた。

「ご……ごめん、なさいっ、あ、あぁ、謝るからぁ!」

女は盛大にしゃくり上げながら弁明する。三木は静かに首を振った。

「そういう問題じゃないんだ」

また一歩、女に近づく。泣き叫び血の海の中でのた打ち回る女は悪い病気に罹った芋虫のようだ。憐れみを込めて見つめる。突如目の前に降ってきた異形が彼女自身と同じ人間なのだと、言葉を尽くしてもきっと理解してはくれないだろう。三木が彼らに対してそう思うように。

戦いも、殺すのも好きではない。それでも、見てしまった以上、見なかった事には出来なかった。どうしても。三木はそういう性分だった。傷つけるのが嫌いだから、傷つける者を許せない。二律背反の倫理観が、彼を突き動かす。

「何……こいつ、一体、何……?」

喘ぐ呼吸の合間にそんな呟きが混じっているのが聞こえた。

たぶん聞いてはいないだろうとは思いながらも、三木は丁寧な返事を返す。

「ハエトリグモ、ホウジャク。わからないかな。女の人は虫なんて嫌いだろうから。

……ああ、でもこれは知ってるよ。たぶん」

大きく右腕を振り被った。歪なシルエットが、恐怖と絶望を貼り付けた女の顔の上に落ちた。

「オオカマキリ」

2008/12/04