「それ、いいね」
めずらしく声をかけてきた一ノ瀬に、三木は人懐こい笑顔を向ける。
「それって?」
「それ」
視線で三木の背中を示す。
「ああ、翅」
誇示するように、蒼い翅を小さく震わせる。
細やかな鱗粉がきらきらと光りながら、風に流れていった。
「なんて虫の?」
「これは、カラスアゲハ」
「黒く無いじゃん」
「黒い奴もいるよ」
「へえ」
一ノ瀬が手を伸ばす。三木は黙ったまま、なすがままにさせていた。
表面を撫でる。つやつやとビロードのような手触り。
いつもは薄気味悪くて触ろうとも思わないのに、三木の背中の大きな翅は、時々撫でてみたくなる。
手を離す。何気なく掌を見てみる。指先に鱗粉がこびりつき黒く汚れていた。
ほんの一瞬、心に湧き上がる嫌悪感。
隣から悲鳴が上がった。
三木の背中が燃えている。逃れようと必死で身を捩るが、激しい炎は三木の背中に喰らい付いて離れない。
伸ばされた、救いを求める手。それが恐ろしいものに見えて、一ノ瀬は激しく後ずさった。
「ちがう……僕はそんなつもりじゃ……」
何が違うと言うんだ。
犯した罪は真実なのに。
翅を燃やし尽くした炎は、次第に小さくなり、やがて完全に消えた。
三木の体が崩れ落ちる。焼け爛れた背中には、翅の名残と思われる黒いものだけが乾いた海草のようにへばりついていた。
「……翅、燃えちゃったな」
小さく呟く三木。一ノ瀬の姿は既に無かった。