ゆをあむ

薪がパチリと爆ぜて、暖炉は咳き込むように火の粉を噴いた。

わざわざ火の側まで寄せた長椅子の上でくんと伸びをしたキャシアスがふと隣に目をやると、アルソンの頭がひとりでこくん、こくんと頷いて、睡魔の囁きにひたすら相槌を打っている。

「……今にひっくり返るぞ、おい」

「っんぁ、ね、寝てないですよ?」

肘で小突くとはっと背筋を伸ばし、たった今弁解を述べたばかりの口を手の甲で拭う。説得力がまるで無い。キャシアスが浮かべた苦笑いには、友を労う徴がある。

「眠いなら無理するな。そもそもオハラさんに留守番頼まれたのは俺だけなんだしさ」

「無理はしてないです。もう寝ません」

「もう、ってことはさっき寝てたのは認めるんだ」

「んなッ、誘導尋問とは……策士!」

暖炉に薪を放り込むと、ぱっと燃え上がった火の色が鎧の表面を疾走り、無数に刻まれた微かな傷が飛沫のようにきらめいた。

夜番に付き合うつもりならその重苦しい鉄の着包みだけでも脱いだらどうだとキャシアスが促すと、アルソンはもじもじと俯いた。その頬は心なし赤い。

「何そのリアクション」

「キャシアスさん……」

「ん?」

「………えっち」

「こ、この野郎……」

ずいっと立ち上がるキャシアス。椅子の上でのけぞるアルソン。

が、アルソンの予想に反し、キャシアスの手は鎧へとは伸びず。

「先言っとくけど、絶対に手伝わないから」

目をぱちくりさせるアルソンの鼻先に人差し指を突きつけて、

「ひとりで、脱げ!」

ぴしゃりと言い置いて、ひとり厨房へ入っていってしまった。

残されたアルソンはキャシアスが消えた勝手口をしばらくぼうっと見ていたが、すぐには戻らないと察して、しぶしぶ留め具に手を伸ばす。

自分で自分の殻を剥ぐのは、慣れてしまえばそれほど難しい作業ではない。が、何度やっても面倒なものは面倒なのだ。

「いつもなら手伝ってくれるのに」

ぶつくさ文句を垂れつつあらかたひっぺがし終えた頃、片手にたらい、もう片手に水差しを携えてキャシアスが戻ってきた。

「うん、ひとりでよくできました」

「脱ぎ終わるの待ってから来たでしょ」

「どうかな」

アルソンの足元にたらいを下ろす。中にはぱりぱりに乾いた洗いざらしの手拭いが二枚無造作に放り込まれていて、キャシアスはそのうち一枚を取り出し肩に引っ掛けた。

それから暖炉にかけた薬缶を下ろし、たらいに湯を注ぐ。湯気と共に木板を蒸す香ばしい匂いが立ち昇る。手拭いが湯の中を泳ぎ始めたところで、今度は水差しの水を注す。少し足しては手を浸し、キャシアスは注意深く湯加減を整えた。

「足」

「えっ」

「こっち、寄越して」

キャシアスの手が最後に残ったグリーヴとサバトンを手際よく外していくのを、アルソンは眠気の霧がかかった目で眺める。素足を撫でる手は温かく、しっとりしている。

温かい手に導かれるまま、たらいの中に足を沈める。冷えきった足に、湯は熱かった。

「お湯、熱かったら言って」

「うぅん……丁度いいです」

「そっか」

「あの、」

「ん?」

「……気持ちいい、です」

「ん」

キャシアスは粛々と足を濯ぐ。

柔らかくほぐれたリネンが凍えた肌を擦ると、そこから身体の強張りが湯の中へ溶け出すような心地がして、アルソンは呻いた。

「キャシアスさん、あのね」

「ん?」

「僕、本当に無理なんか、してないですから、ね」

「知ってる。だからアルソンにも知っといて欲しいんだけど」

「はい」

「相手の為に何かしたい、何かできないかって気持ちは、」

「あ……」

「お前に負けてない…つもり、なんだぜ?」

「キャシアスさん……」

「足上げて」

「あっ、はい」

たらいから足を引き抜くと、撥ねた水滴が床板に刺々しい黒丸を打つ。夜気に晒した足が冷える間もなく乾いたリネンが追いかけてきて、濡れたふくらはぎにかぶりつき、ふかふかと食む。

「うふふふん」

「変な笑い方するな。気が抜ける」

「だって……」

「だって?」

胸に残ったほとぼりは、言葉にすると意味を変えてしまう気がして。

だから、アルソンは代わりに、

「こそばいんですもん」

ふやけた手に手を重ねて、はにかんだ。

2016/8/16